阿波命神社(あわのみことじんじゃ)

要旨

伊豆国賀茂郡(現在の東京都神津島村長浜)に鎮座する名神大社。社名そのものに「阿波」を冠し、祭神は三嶋大明神(事代主命)の后神とされる 阿波咩命(あわのめのみこと)。『続日本後紀』承和7年(840)に「上津島ニ坐ス神、是三島大社ノ本后也」と明記され、同じ神津島の物忌奈命神社(御子神)と母子で名神大社に列する。社名に直接「阿波」が現れること、本土側の后神伊古奈比咩命と対をなす島嶼側の后神であることから、阿波説では阿波系海人族(事代主信仰・阿波忌部)の東遷の最重要級の祭祀的痕跡と位置付けられる。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
祭神「阿波咩命」の由来神津島の開拓神・三嶋神の后神。地域的な海神・島神社名「阿波」は阿波国の地名神格化であり、阿波系海人族が祖神(事代主)の后神として同族の女神を島嶼に祀ったもの
神津島の位置づけ伊豆諸島の一島。三嶋神信仰の中心地の一つ阿波国から安房国へ至る黒潮ネットワークにおける中継拠点であり、本土側拠点(白浜=伊古奈比咩命)と対をなす島嶼側の后神祭祀の核

2. 基本情報

項目内容
社名阿波命神社(あわのみことじんじゃ)
所在地東京都神津島村長浜1
創建不詳
主祭神阿波咩命(あわのめのみこと)
延喜式表記伊豆國賀茂郡 阿波神社(名神大)── 当社はその論社
社格式内社(名神大)論社
史料初出『続日本後紀』承和7年(840)9月条
位置付け伊豆諸島における三嶋神の后神祭祀の島嶼側拠点

社名表記について

『延喜式』神名帳の伊豆国賀茂郡の項に列せられるのは「阿波神社(名神大)」である。現在の「阿波命神社」は、この式内「阿波神社」の論社(比定社)として扱われている。祭神の「阿波咩命」も史料・社伝によって「阿波神」「阿波大神」とも表記される。


3. 祭神と社伝

主祭神の阿波咩命は、三嶋大明神(事代主命)の后神とされる。同じ神津島に鎮座する物忌奈命神社の祭神・物忌奈命は、その御子神と伝えられ、母(阿波咩命)と子(物忌奈命)が揃って神津島に名神大社として祀られている。中世の伊豆諸島創世神話『三宅記』では、三嶋神が島々を焼き出して各島に后を配置したと語られ、神津島(神集島)に置かれた「長浜の御前」から複数の王子が生まれたとする伝承がある。社地は天津神社の景観伝承とよく一致するとされ、境内一帯は「神津島阿波命神社境域」として東京都の史跡に指定されている。


4. 歴史

古代の伊豆国賀茂郡には『延喜式』神名帳に多数の式内社が記載され、海上交通の要衝であったことが窺える。当社が比定される「阿波神社」は名神大社という最高ランクに列せられ、御子神を祀る物忌奈命神社とともに、現在の東京都内では数少ない名神大社である。史料上の初出は『続日本後紀』承和7年(840)9月条で、上津島(神津島)の神が三嶋大社の本后であること、物忌奈命がその御子であることが記され、神宮の造営にも言及される。朝廷から島嶼の強力な海神・后神として重視されていたことが分かる。


5. 『続日本後紀』承和7年記事と本后論(核心論点)

当社の阿波説的意義の中核には、六国史の一次史料である『続日本後紀』承和7年(840)9月条の記事がある。本土側の后神を祀る伊古奈比咩命神社のノート(6-3節)にも引かれるとおり、同条は「上津島、此嶋ニ坐ス阿波神、是三島大社ノ本后也、又坐ス物忌奈乃命、即前社ノ御子也」と記す。すなわち神津島の阿波咩命を三嶋大神の「本后」、物忌奈命をその御子と明記する。

ここで注目されるのは、本土側・白浜の伊古奈比咩命も三嶋神の后神とされることである。『続日本後紀』が阿波咩命をあえて「本后」と記す点から、伊古奈比咩命と阿波咩命は別個の后神として並立していたと解される。阿波説の視点では、これは事代主(三嶋神)を奉じる海人族が、本土側拠点(伊古奈比咩命=白浜)と島嶼側拠点(阿波咩命=神津島)の双方に后神を配置した二元的な祭祀構造の反映として読まれる。


6. 阿波説における意義

6-1. 社名「阿波」の直接性

伊豆諸島の三嶋神祭祀圏の中で、当社は社名そのものに「阿波」を冠する点で際立つ。祭神「阿波咩命」は、神格ノート阿波命(阿波咩命)が示すように、阿波国(粟国)の地名を神格化した国魂的女神と同系の名である。阿波系海人族・忌部氏の東遷の直接的な痕跡とみなしうる最有力の社名証拠であるが、これは阿波説的解釈であり、断定はできない(→留保)。

6-2. 島嶼側の后神としての位置

本土側(伊豆半島・白浜)の后神伊古奈比咩命と、島嶼側(神津島)の后神・阿波咩命が、三嶋神を中心に対をなす。御子神物忌奈命、伊豆大島の后神波布比売命とあわせ、各島に后神・御子神を配置する祭祀ネットワークの中で、当社は神津島の核を担う。

6-3. 事代主(海人族)信仰の東遷

三嶋大明神=事代主命は阿波国に深いルーツを持つ海神・託宣神とされる。阿波系海人族(阿波忌部を含む)が黒潮に乗って東進し、祖神(事代主)の后神として同族の女神を島々に祀ったとすれば、神津島の阿波咩命はその到達点の一つを示す。論拠の体系は🗺 三宅記 MOC・神格ノート阿波命に委ねる。


7. 関連神社・関連氏族

三嶋神の后神・御子神の祭祀軸

関連神格

関連氏族


8. 史料

一次史料

  • 『延喜式』神名帳(伊豆國賀茂郡 阿波神社/名神大)── 当社の比定元
  • 『続日本後紀』承和7年(840)9月条 ── 「阿波神=三島大社ノ本后」「物忌奈命=御子」と記す
  • 『三宅記』(一名『伊古奈比咩神社記』。伊豆諸島の創世と三嶋神の事蹟を記した中世の縁起)

関連史料・研究


9. 関連ノート(Vault内)

東遷論

関連神格・系譜


10. 留保(中立的併記)

注意

  • 式内「阿波神社」(名神大)への当社の比定は通説的だが、論社であり、社名・社地の同定には史料批判の余地がある。「阿波神社」「阿波命神社」の表記揺れにも留意。
  • 阿波咩命については、平田篤胤『古史伝』が天津羽羽神(天石門別神の娘神)に比定する説を立てるなど諸説があり、阿波国の地名神格に直結させる読みは一義的ではない。
  • 社名「阿波」を阿波系海人族・忌部氏の東遷の証拠とみなす解釈、および本后・島嶼后神の二元構造を海人族の祭祀網の反映とする読みは、いずれも**阿波説的解釈(仮説)**であり、当社祭神の阿波起源を実証するものではない。論拠の体系は🗺 三宅記 MOC・神格ノート阿波命に委ねる。
  • 『三宅記』は中世(鎌倉末〜室町期)成立の寺社縁起であり、神仏習合・修験道の影響を受ける。記載を古代の史実と直結させるには慎重な史料批判が必要である。
  • 三嶋大明神を事代主命とする説のほか大山祇命とする説もあり、確定していない。

※本稿は阿波忌部の東遷:安房・上総開拓と黒潮ネットワークの関連神社として、伊豆諸島(神津島)における三嶋神の后神祭祀という観点から位置付けられる。