葦稲葉神:天日鷲命の御子神と板野郡の稲祭祀

要旨

葦稲葉神(あしいなばのかみ)は、延喜式神名帳に「阿波国 板野郡 葦稲葉神社」として記された式内社の主祭神。『粟飯原家略傳』に「大宜都比売命の御子神」と明記される板野郡の祖神で、天日鷲命の御子神として『古語拾遺』『安房斎部系図』の系譜と接続し、積羽八重事代主神と大宜都比売命の若室神(皇子神)とする伝承を持つ、忌部祭祀と粟国造祭祀の交差点に位置する神。本ノートは、「葦田野→板野」の地名連続性、神宅地区の三層祭祀構造、稲の神への神格の重層、大山住大明神=葦稲葉神=大山祇とコノハナサクヤヒメの祭祀、稲荷信仰の本源論、承和9年(842)の神階授与などを統合し、葦稲葉神を神武天皇の母方系譜の本拠・阿波忌部祭祀権の結節点として位置づける。

葦稲葉神(あしいなばのかみ) は、延喜式神名帳に「阿波国 板野郡 葦稲葉神社」として記された式内社の主祭神。『粟飯原家略傳』に 「大宜都比売命の御子神」 と明記される、板野郡の祖神。

葦稲葉神は 天日鷲命の御子神 として『古語拾遺』『安房斎部系図』の系譜と接続し、また 積羽八重事代主神と大宜都比売命の若室神(皇子神) とする伝承を持つ、忌部祭祀と粟国造祭祀の交差点 に位置する重要神。

1. 概要

項目内容
延喜式記載阿波国 板野郡 葦稲葉神社
現比定地徳島県板野郡上板町神宅字宮ノ前・殿宮神社(合祀)
元社地大山畑 芽野原(宮谷川・大山谷川の扇状地の頂点)
主祭神葦稲葉翁(あしいなばのおきな)/倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
合祀神鹿江比賣神(かえひめ=野槌神=大山祇の妃神)
神階承和9年(842)従五位下を授かる(『続日本後紀』)
別名若室神(わかむろがみ)/大山住(祇)大明神

2. 板野郡の地名由来――葦田野(イタノ)から板野(イタノ)へ

awa-otoko 氏が紹介する古文書:

板野郡と云うは葦田野(イタノ)郡なり 根元である 神宅村 に 吾田鹿葦津姫(イ(ア)タカシツヒメ)の神が坐す 郡を以ってして郡の号となりしなり。

→ 板野郡(イタノ)の名は、「葦田野(イタノ)」 に由来する。「葦」「田」「野」――葦稲葉神社の祭神「葦稲葉」の名と深く呼応する。

吾田鹿葦津姫(あたかしつひめ) は、別名群を持つ:

  • 木花開耶姫/木華開耶姫/木花之開耶姫
  • 木花之佐久夜毘売/神阿多都比売/神吾田津姫
  • 鹿葦津姫/豊吾田津媛/桜大刀自神

通説では「コノハナサクヤヒメ」=ニニギノミコトの妻、山幸彦・海幸彦の母。

2-1. 葦稲葉神社と吾田鹿葦津姫の関係

awa-otoko 氏の解釈:

板野郡(もちろん上板町も含む)は古代より 積羽八重事代主神と大宜都比売命の領域 であり、そしてこの 二柱の皇子である若室神が葦稲葉神 として神宅村に鎮座している。

→ 葦稲葉神 = 積羽八重事代主神 × 大宜都比売命の御子神 = 若室神。

awa-otoko 氏は次のような系譜的解釈を示す:

天石門別神(=天手力男)
   ┃
大宜都比売命  ×  積羽八重事代主神
   ┃
   ┣━━ 若室神 = 葦稲葉神
   ┃     (板野郡の御子神 = 「葦田野=板野」の祖神)
   ┃
   ┗━━ 夏之姫(?)
         = 吾田鹿葦津姫(コノハナサクヤヒメ?)

→ 大宜都比売命の娘が吾田鹿葦津姫 = コノハナサクヤヒメ。これが正しければ、コノハナサクヤヒメは 板野郡の神宅村に鎮座した阿波の女神 であり、ニニギの妻も阿波の女神となる。

2-2. 鹿江比賣との関係

葦稲葉神社には 鹿江比賣神社 が合祀されている。鹿江比賣 = 吾田鹿葦津姫 ではなく、

鹿江比賣は 大宜都比売命、吾田鹿葦津姫は 大宜都比売命の娘・夏之姫 にあたるのではないか(awa-otoko 説)

→ 二段階の女神祭祀:

  • 母神:大宜都比売命(=鹿江比賣)
  • 娘神:夏之姫(=吾田鹿葦津姫=コノハナサクヤヒメ)

→ 出典:awa-otoko(2016-02-04)板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり (出典)

3. 神宅地区の三層祭祀構造

葦稲葉神社の元社地・神宅(かんやけ)地区 は、神宅 = 「神の宅(館)」の意。古代から神聖な祭祀地として三層の祭祀構造を持っていた:

3-1. 三層の古代祭祀

山際(畑地区)           ── 奥宮  = 芽野原(葦稲葉神社・元地)
   ↓
山麓                     ── 里宮  = 神宮寺付近(鹿江姫神社)
   ↓
田地                     ── 田宮  = 殿宮("たのみや"の転訛)
  • 奥宮:山際の畑地区「芽野原」――神体山「大山」の 男神「葦稲葉神」 を祀る
  • 里宮:山麓の「神宮寺」付近――産土女神「鹿江比賣神」 を祀る
  • 田宮:殿宮(現・殿宮神社)――稲作の守護神 倉稲魂命(=大宜都比売命=御食津神)

3-2. 遷座の歴史

時代出来事
古代大山畑 芽野原(扇状地の頂点)に葦稲葉神社が鎮座
ある時山崩れで社殿倒壊
→扇状地下端の宮ヶ谷川河畔の 鹿江姫神社 に遷座
→鹿江姫神社も 失火で社殿焼失
現在現在地の 殿宮神社 に移される(葦稲葉・鹿江姫合祀)

→ つまり、現在の「殿宮神社」は 三層祭祀の最下層(田宮)の地 であり、上層の奥宮(葦稲葉神)と里宮(鹿江姫)の祭祀を 災害に伴って下に集約 した結果である。

→ 出典:awa-otoko(2015-08-29)葦稲葉神社は本来どこに鎮座していたのか (出典)

4. 葦稲葉神の神格――稲の神への重層

4-1. 「葦稲葉」の語義

  • 葦(あし):水辺に生える草本(葦原中つ国の「葦」)
  • 稲葉(いなば):稲の葉、または **因幡(いなば)**=山陰の地名
  • 全体:「葦の生い茂る水辺で、稲を育てる神」= 湿地から稲作への変化を象徴

4-2. 神格の重層性

神格内容
草の神鹿江比賣=野槌神(原野の女神)
稲の神葦稲葉翁(湿地稲作の男神)
穀霊神倉稲魂命=大宜都比売命(稲荷神の本源)
山住神大山住(祇)大明神(神体山「大山」の主神)
皇子神若室神(大宜都比売・事代主の御子)

→ 湿地→水田→山地 という地理的階梯と、草→稲→穀霊→山住 という神格階梯が、葦稲葉神社の周辺で 一つに統合 されている。これは古代の稲作伝来期の祭祀的記憶を、地名・神社構造として保存しているとも読める。

4-3. 大山住大明神=葦稲葉神

awa-otoko 氏:

葦稲葉神とは 大山住(祇)大明神そのもの。本来、大山住大明神を祭祀していた 大山寺 奥の院 黒岩大明神 が大山祇大明神発祥の地であり、後年便宜上麓に降ろされたのが葦稲葉神社である。

→ つまり、葦稲葉神=大山祇神の阿波における顕現。大山祇神は コノハナサクヤヒメの父神 であるから、

大山祇神(葦稲葉神)
   ┃
   ┗━━ 鹿江比賣(妃神 = 野槌神)
              ┃
              ┗━ 木花咲耶姫(吾田鹿葦津姫 = 板野郡の祖神)

という親子三代の祭祀構造が、神宅地区に重層して残されている。

5. 木花咲耶姫の移動――阿波内部の遷座史

『阿波国風土記編輯雜纂』および awa-otoko 氏の調査によれば、大山祇神と鹿江姫の娘である木花咲耶姫 は、上板町椎本野神の 椎宮神社 が元社:

椎宮神社(上板町 椎本野神)― 元社
   ↓ 大水で社殿流失
桜間神社(石井町)
   ↓ 再度流失
椎宮神社(名東町)
   ↓
椎宮神社(佐古)

→ 木花咲耶姫の祭祀は、上板町の山麓 から 吉野川流域 に沿って下流に展開した。これは大宜都比売命系の祭祀展開(神領→鬼籠野→一宮→矢野)と地理的に並行する。

5-1. 石井町 曽我氏神社

石井町の 曽我氏神社 でも木花咲耶姫が祭神として祀られ、彦火々出見尊(山幸彦)と夫婦神 とされる。これは:

  • 木花咲耶姫の夫=ニニギノミコト → 子=山幸彦
  • だが阿波の祭祀では 木花咲耶姫=山幸彦の妻

という、通説とは1世代ずれた系譜が伝わる。

関連:天石門別豊玉比賣神社 ― 山幸彦=美馬郡脇町(倭城)住人説と同地理的接続。

6. 倉稲魂命と稲荷信仰の本源

葦稲葉神社の祭神「倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」は、御食津神(みけつのかみ)=御狐神(みけつのかみ) とも呼ばれ、稲荷神の本源。

awa-otoko 氏:

稲作の守護神である倉稲魂命、すなわち大宜都比売命。「御食津(みけつ)=御狐神」である。稲荷の総本山 伏見稲荷大社は、神山町神領 上一宮大粟神社の大宜都比売命と葦稲葉神社の大宜都比売命 である。

→ つまり、

伏見稲荷大社(京都)
   ↑
   ↑(東遷)
   ↑
上一宮大粟神社(神山町神領)― 大宜都比売命の本宮
   ↑(移動)
葦稲葉神社(板野郡神宅)   ― 大宜都比売命の御子神(若室神)と御食津神の祭祀

という構造で、稲荷信仰の本源は阿波の大宜都比売命 とする。

詳細:上一宮大粟神社の黄金の狐と空海の予言

7. 承和9年(842)の神階授与

『続日本後紀』承和9年(842)10月壬戌(2日)条:

奉授: 安房国 従五位下 安房大神 正五位下、無位第一后神 天比理刀咩命神 信濃国 無位 健御名方富命前 八坂刀売神 阿波国 無位 葦稲葉神 越後国 無位 伊夜比古神 常陸国 無位 筑波女大神 並 従五位下

→ 同日に 葦稲葉神に従五位下 が授与された。同時に神階を授かった神々を見ると:

  • 天比理刀咩命神:安房大神(天太玉命)の后神=阿波忌部の東遷地・安房
  • 八坂刀売神:建御名方命の后神=諏訪
  • 伊夜比古神:越後の祖神
  • 筑波女大神:常陸の祖神

→ 東国の主要祭神とともに葦稲葉神が朝廷から神階を授与された ことは、葦稲葉神が 国家祭祀の対象 として認識されていたことを意味する。阿波忌部の東遷ルート上の祭神群と同時授与されていることは、葦稲葉神=阿波忌部の祭神という位置づけを補強する。

→ 出典:noraneko-blog(2015-11-05)多祁御奈刀弥神社 (出典)(同日の神階授与記事)

8. 「天日鷲命の御子神」としての葦稲葉神

『粟飯原家略傳』(明治10年・粟凡直粲胤):

御子神 葦稲葉ノ神ノ㘴ス地ハ板野郡 ト云フ

→ 大宜都比売命の御子神=葦稲葉神の鎮座地が板野郡。

『古語拾遺』『安房斎部系図』『阿波国風土記編輯雜纂』を統合した阿波説の系譜では、

天背男命(=天石門別=天手力男命)
   ┃
   ┣━━ 天日鷲翔矢命(阿波忌部祖)  ━━ 妹 天津羽羽命
   ┃        ┃                              ┃
   ┃        ┃                              ┗━ 配偶神:事代主神
   ┃        ┃                                       ┃
   ┃        ┗━ 御子:長白羽命(神麻績連祖)       ┃
   ┃                                                 ┃
   ┗━━ 大宜都比売命(大粟姫)  ───────────────────┘
              (事代主の后神)
                      ┃
                      ┗━ **若室神 = 葦稲葉神**
                              (板野郡の御子神)

つまり、葦稲葉神は:

  1. 天日鷲命の妹(天津羽羽命=大宜都比売命)の子
  2. 事代主神の子
  3. 天日鷲命の甥(事代主神の血を引く)

『先代旧事本紀』『古語拾遺』の系譜で 天日鷲命の御子神 として位置づけられる場合と、事代主神の御子神 として位置づけられる場合とで、見解が分かれるが、いずれの場合も 阿波忌部・粟国造の祭祀圏の御子神 として葦稲葉神社に祀られた。

9. 天日鷲命の伝播と葦稲葉神の二重祭祀

awa-otoko 氏(『麻植郡からみる大宜都比売命・葦稲葉神の手掛かり』):

神山神領から忌部山を越えて伝わった「大宜都比売命・葦稲葉神」が美郷村の一部の地域に根付いて祭祀が継承された。それが後に 麻植郡平野部に降りて、さらには吉野川を下り、上板町の「葦稲葉神」として祭祀された のではないか。

→ つまり、阿波内部での葦稲葉神祭祀の移動ルート:

神山神領(上一宮大粟神社・大宜都比売命の本宮)
       ↓ 忌部山越え
美郷村種野(種野稲荷神社)
       ↓
麻植郡平野部
       ↓ 吉野川を下る
上板町神宅(葦稲葉神社)

9-1. 美郷村種野稲荷神社の「四方至(しほうづめ)」

種野稲荷神社には「四方至(しほうづめ)の石」があり、神社を中心におよそ四丁(約120m×4)の場所に立てられていた:

  • 南東:楢の木の四ツ辻
  • 南西:大畑の西、川田への旧道上
  • 北東:種野八幡神社の上方、一本松の祠前
  • 北西:宮田にあった古い祠の付近

→ 「四方至=四至(しいし)」は、忌部祭祀の「神の領域を示したもの」。葦稲葉神祭祀地が 忌部の四至石 で囲まれているのは、葦稲葉神=忌部の祭神という構造を示している。

9-2. 種野稲荷神社の「樫の葉」伝承

美郷村種野の稲荷は、遥かな昔に 樫の葉に乗って天降ってこられた そうで、そのため川向こうを「樫の葉」と呼び、神様が降りた石を「影向石(ようごういし)」と呼んでいた。

→ 天磐船で天降った葦稲葉神(=大宜都比売命系) の神話の阿波における痕跡。種穂山に天磐船で降臨した 天日鷲命の伝承(→ 種穂山降臨)と同型の神話形式が、御子神(葦稲葉神)の伝承にも継承されている。

10. 鹿江比賣神社――合祀の意味

葦稲葉神社に合祀された 鹿江比賣神社 は、独立した延喜式内社「阿波国 板野郡 鹿江比売神社」。

『阿波国式内社調査』では、鹿江比賣命について:

  • 野槌神(のづちのかみ):原野の女神
  • 野の神/草の神
  • 大山祇大神の妃神

として位置づけられる。

10-1. 葦稲葉神(夫)と鹿江比賣(妻)の祭祀

葦稲葉神社の本殿二社:

本殿祭神神格
一座目葦稲葉神神体山「大山」の 男神
二座目鹿江比賣神当地の 産土女神

→ つまり、葦稲葉神社は 夫婦神祭祀の社。大山祇神の系譜的位置づけと整合する:

葦稲葉神(=大山住大明神=大山祇)  ×  鹿江比賣(=野槌神=原野の女神)
                                          ┃
                                          ┗━ 木花咲耶姫(夏之姫)
                                                  ┃
                                              (山幸彦の妻)
                                                  ┃
                                              (山幸彦=彦火火出見)
                                                  ┃
                                              (鸕鶿草葺不合)
                                                  ┃
                                              (神武天皇)

→ 板野郡の葦稲葉神社は、神武天皇の母方祖父母(大山祇+野槌神)の祭祀地 という結論になる。

関連:awa-otoko(2015-01-29)草の神から稲の神へ(鹿江比賣神社) (出典)

11. 板野郡の地理的・祭祀的位置

板野郡には、葦稲葉神社の周辺に 野神社 が散在する:

  • 野神社(祭神:鹿江姫=野槌神):上板の集落全体に分布
  • 戎神社:葦稲葉神社元地付近――大山祇大神宮(大山寺)と葦稲葉神社の 遥拝所 か
  • 大己貴神社(神宮寺):近接

→ 板野郡全域が 大山祇+野槌神+大己貴命 の祭祀圏として組織化されていたことが、地名・神社分布から確認できる。

12. 「コノハナサクヤヒメ=板野郡の祖神」説の意味

葦稲葉神社の周辺地名・祭神論を統合すると、阿波説の核心仮説の一つが浮かび上がる:

12-1. 神武天皇の母系の阿波起源

【通説の神武天皇系譜】
天孫 邇邇芸命 × コノハナサクヤヒメ(鹿葦津姫)
     ↓
彦火火出見尊(山幸彦) × 豊玉姫
     ↓
鸕鶿草葺不合 × 玉依姫
     ↓
神武天皇

【阿波説の地理比定】
邇邇芸命:天孫降臨地=美馬郡?
コノハナサクヤヒメ=鹿葦津姫=板野郡神宅村の祖神
彦火火出見尊(山幸彦):美馬郡脇町(倭城)住人
豊玉姫:吉野川河口域(賀茂の徳島・雨降神社)

→ 神武天皇の三世代の母方祖先がすべて阿波に祭祀地を持つ。これは 神武出生神話が阿波で展開した とする阿波説の核心仮説と整合する。

12-2. 葦稲葉神社の位置づけ

葦稲葉神社(板野郡)は、

  1. 大宜都比売命=阿波の国魂神 の御子神を祀る
  2. コノハナサクヤヒメの母(鹿江姫=野槌神) を祀る
  3. コノハナサクヤヒメの父(大山祇=葦稲葉神) を祀る
  4. コノハナサクヤヒメ自身(吾田鹿葦津姫=夏之姫)の祭祀地として板野郡を象徴

という 四重の祭祀構造 を持つ。神武天皇の母方系譜の 本拠地 として、阿波説の地理的整合性を支える重要な式内社である。

13. まとめ:葦稲葉神が証言するもの

葦稲葉神の存在は、阿波説における次の主張を支える:

  1. 「葦田野」→「板野」の地名連続性 ―― 葦稲葉神社が板野郡そのものの祖神
  2. 大宜都比売命の御子神 ―― 『粟飯原家略傳』が明記する板野郡の御子神
  3. 天日鷲命系譜との接続 ―― 阿波忌部の祖神の御子神(または甥神)
  4. 積羽八重事代主神との接続 ―― 大宜都比売命の配偶神の御子神
  5. 大山祇+鹿江姫+コノハナサクヤヒメの祭祀地 ―― 神武天皇の母方系譜の本拠
  6. 稲荷信仰の本源 ―― 倉稲魂命=御食津神=大宜都比売命の祭祀
  7. 承和9年(842)従五位下の国家祭祀 ―― 阿波忌部東遷ルートの祭神群と同時授与

板野郡という、阿波の中でも比較的目立たない一郡に、こうも豊かな神話的・祭祀的層位が積み重なっている ことそのものが、阿波の祭祀王権の網羅性を示している。「葦の生える田野」 ――この素朴な地名が、神武天皇の出生神話と阿波忌部の祭祀権を結びつける、阿波説の重要な結節点となる。


14. 関連する専門ノート

15. 参照原資料(ブログ・note記事)

  • awa-otoko(2015-08-29)葦稲葉神社は本来どこに鎮座していたのか (出典) ― 三層祭祀構造と遷座史
  • awa-otoko(2016-02-04)板野郡 地名の由来とコノハナサクヤヒメの繋がり (出典) ― 葦田野→板野、吾田鹿葦津姫の比定
  • awa-otoko(2016-04-03)麻植郡からみる大宜都比売命・葦稲葉神の手掛かり (出典) ― 神山→美郷→板野の祭祀伝播ルート
  • awa-otoko(2015-01-29)草の神から稲の神へ(鹿江比賣神社) (出典)
  • awa-otoko(2015-11-12)ヲカノカミはウカノカミ (出典) ― 倉稲魂命の阿波における祭祀
  • awa-otoko(2016-05-22)粟凡直粲胤 粟飯原家略傳 (出典) ― 葦稲葉神=大宜都比売命の御子神の典拠
  • kohun-jinjya(2023-09-21)鹿江比売神社 (出典)
  • kohun-jinjya(2026-03-02)阿波の神社に与えられた神階 (出典)

16. 関連する孤立ノート(自動統合)

自動統合セクション

Vault走査により発見された、本ノートと主題が関連する孤立ノート(他ノートからリンクされていなかったもの)への動線。

17. 参照資料(ブログ・Web自動)

  • 2014-11-06-黒岩大権現は「大山住大明神」(仏王山_大山寺)
  • 2026-01-08-大三島の大山祇神が日向神話に登場する理由(南薩摩/阿多と伊予の関係)
  • 2025-12-08-大山祇神と畝傍山口神社と住吉大社の津守氏(尾張氏)

18. 参照資料(ブログ・Web本文マッチ)

  • 大山津見神の娘から考察 (本文中 “大山祇神” ×27)
  • 大山津見神の娘から考察 (本文中 “葦稲葉神” ×7)
  • 2023-05-22-鳥の一族 19_-_① 賀志波比売命 (本文中 “大山祇神” ×4)
  • 2026-01-13-薩摩国阿多郡の修験道と大和国 (本文中 “大山祇神” ×3)
  • 2026-01-01-継体天皇で解く日向神話(河内馬飼首が繋いだ日本武尊の血) (本文中 “大山祇神” ×3)

19. 参照資料(ブログ・Web本文マッチ 拡張)

  • 2023-05-22-鳥の一族 19_-_① 賀志波比売命 (本文中 “大山祇神” ×4)
  • 2025-05-27-十市県主の謎解きから三島県主・藤原鎌足との関係、乙巳の変が起こった理由、天武朝・天智朝の遷都の謎へ (本文中 “大山祇神” ×2)
  • 2025-11-09-稲荷信仰と山陰・岡山北部に多い眷属穴 (本文中 “倉稲魂命” ×2)
  • 2026-01-09-古代南西諸島史概略と種子島の広田遺跡と神功皇后の広田神社、楽毅の青銅器 (本文中 “大山祇神” ×2)

20. 留保(中立的併記)

注意

  • 葦稲葉神社が式内社であることは延喜式神名帳による。葦稲葉神を「大宜都比売命の御子神」とするのは『粟飯原家略傳』(在地系図)に依拠し、記紀には系譜の記載がない。
  • 葦稲葉神=大山祇=大山住大明神、鹿江比賣=野槌神、コノハナサクヤヒメ=板野郡の祖神とする同定群、および「神武天皇の母方系譜の本拠=板野郡」とする四重祭祀構造は、awa-otoko 等ブログの阿波説的解釈である。
  • 神山→美郷→板野の祭祀伝播ルート、「葦田野→板野」の地名連続説も推定であり確証はない。
  • 承和9年(842)従五位下の授与は史実だが、東遷ルートの祭神群との関連づけは解釈を含む。
  • 本ノートの evidence_type は “blog_hypothesis”、confidence は 2。