葦稲葉神社(あしいなば)

要旨

葦稲葉(あしいなば)神社は、板野郡上板町神宅に鎮座する式内社で、延喜式神名帳「板野郡 鹿江比賣神社」の論社(合祀社)に比定される。社名そのものが稲作祭祀を象徴し、阿波忌部の穀物・繊維文化が板野郡へ展開した痕跡を読み解く要石である。現在は「葦稲葉神+鹿江比売命」の二座配祀の形で奉斎されており、本来別々に鎮座していた稲穂神と女神が中世以降に合祀された可能性が指摘されている。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
社名の由来「葦稲葉」は稲穂を象徴する神格名「葦稲葉」を「葦原中国(あしはらのなかつくに)」の根源と読み、阿波が葦原中国の比定地であったとする議論に接続
二座配祀の成立合祀の時期・経緯は中世以降で詳細不明阿波忌部の稲作展開(麻殖郡→板野郡)を示す祭祀的中核と位置づけ
鹿江比賣神社との関係延喜式原記載は「鹿江比賣神社」一座論社比定問題の典型例として、本社と鹿江比賣神社・鹿江比売神社の関係整理が検証課題

2. 基本情報

項目内容
社名葦稲葉神社
所在地徳島県板野郡上板町神宅
創建不詳(延喜式神名帳成立の927年以前)
主祭神葦稲葉神
配祀鹿江比売命
延喜式表記鹿江比賣神社(論社・合祀)
社格小社
位置付け延喜式「板野郡 鹿江比賣神社」の論社(合祀社)

3. 祭神と社伝

「葦稲葉」は「葦原の中つ国」の稲穂を象徴する神格で、稲作の祖神に通じる。同社は鹿江比売命を合祀し、「葦稲葉神+鹿江比売命」の二座構成が現代に伝わる。

鹿江比売命は延喜式神名帳に独立社(鹿江比賣神社)として記載された女神で、板野郡における穀物・稲作の女神格に位置づけられる。葦稲葉神社と鹿江比賣神社は地理的・祭祀的に重なり合い、長い歴史の中で合祀と分祀を繰り返したと考えられている。


4. 歴史

延喜式神名帳(927年)に「阿波国 板野郡 鹿江比賣神社」として記載された式内社の論社・合祀社に位置づけられる。本来は別々に鎮座していた「葦稲葉神社」(稲穂神)と「鹿江比賣神社」(女神)が、中世以降の変遷を経て現在の二座配祀の形になったと考えられている。


5. 二座論争

本社と鹿江比賣神社・鹿江比売神社(itaiji 異体字ペア)の関係は、阿波説における式内社比定問題の典型例である。

  1. 元来は別社:葦稲葉神社(稲穂神)と鹿江比賣神社(女神)が別々に鎮座していたものが、中世以降に合祀された可能性。
  2. 元来同一神:「葦稲葉=稲穂」「鹿江比売=穀物・水辺の女神」として、当初から同社の二座であった可能性。

論社の整理は今後の検証課題である。


6. 阿波説における意義

6-1. 板野郡の稲作祭祀拠点

阿波忌部の穀物文化(粟・稲・麻)は麻殖郡から板野郡へと展開した。葦稲葉神社の二座祭祀は、板野郡における稲作の祭祀的中核を示す。

6-2. 「葦原中国」の語源論

「葦稲葉」を「葦原中国(あしはらのなかつくに)」の根源と読む阿波説の解釈は、阿波が「葦原中国」の比定地であったとする議論に接続する。ただし語源学的に確定したものではない。


7. 関連神社・関連氏族


9. 参照ブログ・Web資料

  • 2015-08-29-葦稲葉神社は本来どこに鎮座していたのか(上板町神宅)

11. 関連ノート(Vault内)

詳細論考ポータル

以下の各論点は、独立した専門ノートとして詳細化されている。


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 葦稲葉神社・鹿江比賣神社・鹿江比売神社の三社関係は、論社・合祀社の整理を経て現在の二座配祀に至っている。延喜式神名帳の原記載は「鹿江比賣神社」一座であり、現状の二座構成は中世以降の合祀の結果である可能性がある。
  • 「葦稲葉=葦原中国の語源」は阿波説寄りの読みである。語源学的に確定したものではない。

※本稿は阿波説の根幹の関連神社として、板野郡における阿波忌部の稲作祭祀展開という観点から位置付けられる。