伊賀国造(いがのくにのみやつこ)
要旨
伊賀国造は、律令制以前の伊賀国(のち伊勢国から分立)を治めた地方官およびその氏族。阿波説の核心は、伊賀国造の祖が 天日別命(あめのひわけのみこと) であり、この神を 阿波忌部の祖・天日鷲命と同神 とみなす点にある。『伊勢国風土記』逸文は天日別命が神武東征時に伊勢津彦を平定し伊勢・伊賀国造の祖となったと記し、『新撰姓氏録』『神宮雑例集』も天日別命を伊勢朝臣・度会氏の遠祖に位置づける。実在の伊賀国造としては、宣化天皇三年(538)に陽夫多神社を創建したと伝わる 多賀連(たがのむらじ) が史料に現れる。本ノートは、同神説による阿波忌部との接続(東遷論)と、多賀連・陽夫多神社をめぐる伊賀現地の史実の両面を扱う。
1. 命題の構造
| 観点 | 通説 | 阿波説 |
|---|---|---|
| 伊賀国造の祖 | 天日別命(伊勢国造と同祖)。出自は『新撰姓氏録』の天底立命系 | 天日別命=天日鷲命(阿波忌部の祖)。阿波忌部の東遷の一環 |
| 天日別命の性格 | 伊勢平定の神・度会氏の遠祖 | 阿波忌部祖神の異名。麻植・祭祀技術を東国へ運んだ氏族の象徴 |
| 「伊賀」の地名 | 伊賀(いが)固有の地名 | 阿波・畿内地名ペアの一つ(東遷の法則) |
| 多賀連 | 6世紀の在地豪族・陽夫多神社の創建者 | 天日別命後裔としての伊賀国造氏の具体的事績 |
2. 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏族名 | 伊賀国造(伊賀國造) |
| 氏族区分 | 国造(律令制以前の地方官) |
| 領域 | 伊賀国(飛鳥時代に伊勢国が成立する以前の領域。のち伊勢国から伊賀国が分立) |
| 始祖 | 天日別命(=天日鷲命:阿波説) |
| 主な実在人物 | 多賀連(宣化天皇三年=538年、陽夫多神社を創建) |
| 本拠 | 伊賀国 阿拝郡(あへぐん)一帯 |
| 関連神社 | 陽夫多神社(伊賀市馬場・伊賀河合郷の総社) |
3. 始祖・系譜
天日別命の系譜上の位置
度会氏系図(『豊受太神宮禰宜補任次第』ほか)における世代位置:
- 【11世孫】天御雲命(あめのみくものみこと)
- 【12世孫】天牟羅雲命(あめのむらくものみこと)※一名 天二上命/豊受大神宮禰宜
- 【13世孫】天波与命(あめのはよのみこと)
- 【14世孫】天日別命 — 伊勢津彦を追放し伊勢を平定。伊勢・伊賀国造の祖
- 【15世孫】彦国見賀岐建與束命(ひこくにみがきたけよつかのみこと)
『神宮雑例集』は「天牟羅雲命、国常立尊十二世孫、度会遠祖など見ゆ。その孫 天日別命(天日鷲命)は神武朝 伊勢国造となれり」と記し、天牟羅雲命の孫=天日別命 とする。
阿波説における同神接続
阿波説では、この天日別命を 天日鷲命(阿波忌部の祖)と同神 とみなす。両神を結ぶ伝承として、天村雲命(天牟羅雲命)の孫が天日鷲命であり、その天日鷲命が伊賀・伊勢国造の祖になった、という系譜が引かれる。すなわち伊賀国造は、阿波忌部の祖神を始祖に戴く氏族として位置づけられる。
→ 詳細は 天日鷲命:天岩戸の功績と「鷲」の由来、忌部祖神:天日鷲命の降臨と神陵 を参照。
4. 歴史
国造設置以前〜成立
伊賀の地は、律令制以前は伊賀国造の領域であった。飛鳥時代に令制国の設置が進むと伊勢国が成立し、のちに伊賀国が伊勢国から分立する。伊賀国造はこの伊勢・伊賀一帯を治めた在地首長層と理解される。
多賀連と陽夫多神社(6世紀)
実在の伊賀国造として史料に現れるのが 多賀連 である。『延長風土記』『残編風土記』に「押盾天皇御宇戊午、国造 多賀連 之を祭る」とあり、宣化天皇三年(戊午・西暦538年)、国中に疫病が流行したため屏息(疫病鎮静)祈願のために陽夫多神社(やぶたじんじゃ)を創建したと伝わる。
- 陽夫多神社は伊賀河合郷の総社で、主祭神は健速須佐之男命。
- 「高松神」「河合天王」「藪田大明神」の称があり、祇園信仰と結びついた。
- 『延喜式』神名帳に伊賀国 阿拝郡 陽夫多神社として列せられる式内社。
5. 同神説の論点(天日別命=天日鷲命)
5-1. 同神説を支える一次史料
| 史料 | 記述の要点 |
|---|---|
| 『伊勢国風土記』逸文 | 天日別命が神武東征の際に伊勢津彦を追放してその地を平定。伊勢・伊賀国造の祖 |
| 『新撰姓氏録』 | 「左京 伊勢朝臣 天底立命孫 天日別命之後也」— 天日別命を伊勢朝臣の祖とする |
| 『神宮雑例集』 | 天牟羅雲命の孫 天日別命(天日鷲命)は神武朝 伊勢国造となれり、と注記 |
『新撰姓氏録』では天日別命を天底立命(天曽己多智命と思われる)の「孫」とするが、度会氏系図では六世孫とされ、世代数に異同がある。
5-2. 異名群
天日鷲命の異名として、阿波系の伝承では次が挙げられる:
- 天日鷲翔矢命(あめのひわしかけるやのみこと)
- 麻植神(おえのかみ)
- 天加奈止美命(あめのかなとびのみこと)
- 天日別命(あめのひわけのみこと)
「天日鷲」と「天日別」は音・字とも近接し、阿波説はこれを同神異表記とみなす。
5-3. 度会氏・伊雑宮への連続
天日別命の後裔は伊勢神宮外宮の神主 度会(磯部)氏 に連なる。伊雑宮『御鎮座本縁』では祭神「玉柱屋姫命」を「天叢雲命の裔、天日別命の子」とし、天村雲命の血脈が確認される。阿波説はここに、阿波忌部〜天村雲命〜天日別命(天日鷲命)の祭祀系譜の東国展開を読む。
→ 度会氏については別途 渡会(度会)氏 を参照(系譜の下流接続)。
6. 阿波説における意義
6-1. 阿波忌部の東遷の一拠点
伊賀国造を「阿波忌部の祖を始祖とする氏族」とみなすことで、伊賀・伊勢が阿波忌部の東遷ネットワークの一拠点として位置づけられる。これは安房・上総の忌部開拓と並ぶ、東国祭祀展開の事例とされる。
→ 阿波忌部の東遷:安房・上総開拓と黒潮ネットワーク、阿波忌部の東国痕跡:千葉・上総・安房の祭祀地名
6-2. 地名ペア「伊賀」
阿波説の地名ペア検証では「伊賀」が阿波・畿内地名ペアの一つに挙げられ、伊賀国造(阿波忌部系)と注記される。地名の東遷(ひがしうつり)の法則を補強する事例とされる。
6-3. 祭祀技術の伝播
阿波忌部の麻植・祭祀の技術が、天日別命(天日鷲命)後裔を通じて伊勢・伊賀に伝わったと解する立場。伊勢神宮外宮(豊受大神宮)の度会氏祭祀との連続性が、この観点の傍証として引かれる。
7. 関連神社・関連氏族
関連神社
- 陽夫多神社(伊賀市馬場・式内社)— 多賀連の創建伝承
- 伊勢神宮外宮(豊受大神宮)— 度会氏の奉斎
関連神格
関連氏族
- 阿波忌部氏伝承詳細
- 紀伊忌部:手置帆負・彦狭知から天道根命・紀氏への系譜
- 渡会(度会)氏(天日別命後裔の下流)
8. 現地情報
- 陽夫多神社:三重県伊賀市馬場(旧 伊賀国 阿拝郡 河合郷)。伊賀河合郷の総社。主祭神 健速須佐之男命。例祭・祇園会(高松祇園)の伝統をもつ。
9. 参照ブログ・Web資料
awanonoraneko-blog系
- awanonoraneko_03_氏族_忌部海人#2010-07-19-天日鷲命とは、何者なのか?
- awanonoraneko_03_氏族_忌部海人#2009-05-07-天日鷲命とその系譜
- awanonoraneko_03_氏族_忌部海人#2009-05-27-式内社(天村雲神伊自波夜比賣神社)比定①_天村雲神社_吉野川市山川町
Shrine-heritager系
kohun-jinjya_blog系
- 2026-02-15_【古代史資料倉庫】豊受太神宮禰宜補任次第と渡会氏系図
10. 史料
一次史料
- 『伊勢国風土記』逸文 — 天日別命の伊勢津彦平定、伊勢・伊賀国造の祖
- 『新撰姓氏録』 — 「左京 伊勢朝臣 天底立命孫 天日別命之後也」
- 『神宮雑例集』 — 天牟羅雲命の孫 天日別命(天日鷲命)は神武朝伊勢国造
- 『延喜式』神名帳 — 伊賀国 阿拝郡 陽夫多神社
- 『延長風土記』『残編風土記』 — 「国造 多賀連 之を祭る」(陽夫多神社創建伝承)
系図・補任次第
- 『豊受太神宮禰宜補任次第』/度会氏系図 — 天牟羅雲命〜天日別命〜彦国見賀岐建與束命の世代
11. 関連ノート(Vault内)
東遷論
- 阿波忌部の東遷:安房・上総開拓と黒潮ネットワーク
- 阿波忌部の東国痕跡:千葉・上総・安房の祭祀地名
- 阿波・畿内地名ペア検証:東遷(ひがしうつり)の法則
- 国造設置の時代別推移:神武朝から各天皇代の国造任命
関連神格・系譜
阿波説総合
- 阿波説の根幹
- 阿波説ポータル
12. 留保(中立的併記)
注意
- 天日鷲命=天日別命の同神説は阿波説的解釈 であり、通説では両神を必ずしも同一視しない。「天日鷲」「天日別」の音・字の近接を根拠とするが、文献的に確定したものではない。
- 天日別命の系譜上の位置は史料間で異同がある(『新撰姓氏録』は天底立命の「孫」、度会氏系図は「六世孫」)。
- 天日別命を阿波忌部の祖と直結させる立場は、主に阿波説系ブログ・伝承の整理に依拠する。一次史料(風土記逸文・姓氏録)は伊勢・伊賀国造の祖が天日別命であることを述べるが、それが阿波忌部と同一であるとは明記しない。
- 多賀連と陽夫多神社の創建伝承(宣化天皇三年)は風土記・社伝に基づくもので、史実としての検証は別途必要。
- 本ノートのevidence_typeは “primary_source_based / blog_hypothesis” の混成、confidence は 3。
※本稿は天日鷲命:天岩戸の功績と「鷲」の由来の後裔氏族として、また阿波忌部の東遷:安房・上総開拓と黒潮ネットワークの東国展開の一事例として、伊賀・伊勢方面における阿波忌部祖神祭祀の痕跡という観点から位置付けられる。
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