陽夫多神社(やぶたじんじゃ)
要旨
伊賀国阿拝郡(現・三重県伊賀市馬場)に鎮座する 式内小社。主祭神は 健速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)、配祀に五男三女神を祀る。社伝(『当陽夫多神社記』『残編風土記』)は、宣化天皇三年(538)に疫病屏息を祈願して 伊賀国造 多賀連(たがのむらじ) が創建したと伝える。この創建氏族「多賀連」が、阿波説で 伊賀国造の祖 天日別命 に連なる系統(伊賀国造:天日別命の後裔と多賀連)に位置づけられる点が、本社を阿波説の安全層論点に接続する手がかりである。なお当社を「高松祇園」とも称するが、『神社覈録』は 高松神を式外社 とし陽夫多神(式内社)とは別神とする。確実な祭祀事実を据えたうえで、創建氏族の系譜を介した阿波接続を 仮説として 併記する。
1. 命題の構造
| 観点 | 通説 | 阿波説(仮説) |
|---|---|---|
| 主祭神 | 健速須佐之男命。厄除・疫病除けの神 | 同左(祭神そのものは通説どおり) |
| 創建氏族 | 伊賀国造 多賀連が宣化天皇三年(538)に創建(社伝) | 多賀連=伊賀国造の系統で、阿波説は伊賀国造祖 天日別命を阿波忌部祖 天日鷲命と同神とみる立場をとる |
| 社名「陽夫多(やぶた)」 | 「假字(あてじ)」とされ語義は不詳。伊勢国河曲郡 夜夫多神社と類社 | 語義不詳のため阿波接続は主張しない |
| 「高松祇園」の称 | 高松神を配祀(『神社覈録』は高松神を式外社とし陽夫多神とは別神) | 高松神は阿波接続の論点としない |
→ 対立点は祭神にはなく、「創建氏族 多賀連(伊賀国造)の系譜を阿波忌部祖神系に接続して読むかどうか」 にある。
2. 一次史料
確認できた範囲の記述は以下のとおり。社伝・後代地誌に依る部分は「とされる」と明示する。
| 史料 | 確認できる記述(要点) |
|---|---|
| 『延喜式』神名帳(927年) | 「伊賀国 阿拝郡 陽夫多神社(やふたのかみのやしろ)」。式内小社。阿拝郡9座(大1座=敢国神社・小8座)の一 |
| 『日本三代実録』 | 貞觀三年(861)四月十日甲寅、伊賀国の正六位上 高松神・阿波神・高蔵神・宇奈根神に従五位下を授ける記事あり(高松神は当社の称「高松祇園」に関わるが、式内の陽夫多神とは別神とされる) |
| 『当陽夫多神社記』『残編風土記』 | 「阿拝郡川合山に神有り薮田明神と号す、武小広国押盾天皇(宣化天皇)御宇戊午、国造 多賀連 之を祭る也」。すなわち宣化天皇三年(538・戊午)に伊賀国造 多賀連が創建したと伝える |
| 『神社覈録』(1870) | 「阿波は假字也」に倣い陽夫多も假字とし、祭神を素戔嗚尊とする。河合郷馬場村に在すと記す。高松神は式外社とし陽夫多神とは別神と明記 |
創建伝承の史料性について
多賀連による宣化天皇三年(538)創建は『残編風土記』『当陽夫多神社記』など社伝・後代地誌に依る伝承であり、創建年代を実年代として確定できるものではない。確実なのは『延喜式』に式内小社として載ること、祭神が健速須佐之男命であることである。
3. 阿波説解読(仮説)
以下は阿波説による創建氏族の系譜解釈であり、当社の祭神そのものに阿波接続を主張するものではない
主祭神 健速須佐之男命は通説どおりであり、阿波固有の神格ではない。須佐之男命は全国で広く祀られる(→ 須佐之男命)。阿波説が読み込むのは、社伝が伝える 創建氏族「多賀連=伊賀国造」 の系譜である。
3-1. 創建氏族 多賀連と伊賀国造
社伝は当社の創建氏族を 伊賀国造 多賀連 とする。阿波説は、伊賀国造の祖 天日別命(あめのひわけのみこと) を阿波忌部の祖 天日鷲命(あめのひわしのみこと) と同神とみなす立場をとる(→ 伊賀国造:天日別命の後裔と多賀連)。この立場に立てば、伊賀国造の系統が奉斎した当社は、阿波忌部祖神系の祭祀領域に連なる社として読みうる。同じ阿拝郡には伊賀国一宮 敢国神社(祭神 大彦命)も鎮座し、当社はその同郡の式内小社である。
仮説
天日別命=天日鷲命の同神説は阿波説固有の解釈であり、通説では両神を必ずしも同一視しない。また当社の祭神は健速須佐之男命であって天日別命系の祭祀ではなく、阿波接続は社伝が伝える創建氏族の系譜を介した間接的なものにとどまる。
4. 関連ノート
- 伊賀国造:天日別命の後裔と多賀連 — 当社の創建氏族 多賀連(伊賀国造)と阿波接続の論考。本社の阿波説的位置づけの母体
- 敢国神社 — 同じ伊賀国阿拝郡の式内大社・伊賀国一宮。大彦命(阿閉氏祖神)を祀る
- 須佐之男命 — 当社主祭神 健速須佐之男命の神格ハブ
- 阿波説の根幹 — 阿波説の総論
留保
創建氏族を介した阿波接続は仮説であり、文献的直接証拠を欠く
- 祭神は通説どおり:主祭神 健速須佐之男命は阿波固有の神格ではなく全国で広く祀られる。「須佐之男命祭祀=阿波接続」を一意に導くことはできない。
- 創建伝承の史料性:多賀連による宣化天皇三年(538)創建は社伝・後代地誌(『残編風土記』『当陽夫多神社記』)に依る伝承で、実年代としての確定はできない。
- 天日別命=天日鷲命の同神説は阿波説固有の解釈であり、通説では両神を必ずしも同一視しない。当社の阿波接続は創建氏族の系譜を介した間接的なものにとどまる。
- 高松神の扱い:当社を「高松祇園」とも称するが、『神社覈録』は高松神を式外社とし式内の陽夫多神とは別神とする。本ノートは高松神を阿波接続の論点としない。
- 社名の語義:「陽夫多(やぶた)」は『神社覈録』が「假字」とするとおり語義不詳であり、社名から阿波接続を主張しない。伊勢国河曲郡 夜夫多神社と類社とされる。
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