波爾布神社:阿波の土の女神を勧請した近江の式内社

要旨

波爾布神社(はにふじんじゃ) は近江国に鎮座する 延喜式内社(滋賀県高島市新旭町饗庭)。往古より水神 彌都波能賣命(みつはのめのみこと) を祀っていたが、天平13年(741) に 阿波国勝浦郡の 建嶋女祖命神社 より波爾山比賣命(はにやまひめのみこと)を勧請し、水の神・土の神の二神 を揃えたと伝える。木津荘(こうづのしょう)の惣社。

阿波説における意義は、阿波の 土の女神(埴安媛命/埴生女屋神)が畿内周縁の近江へ東伝した物的傍証 という点にある。建嶋女祖命神社の「建部大社(近江一宮)への東伝」論と並ぶ、阿波→近江の祭祀伝播の一例。


1. 基本情報

項目内容
式内社名波爾布神社(近江国・式内社)
鎮座地滋賀県高島市新旭町饗庭(あいば)
旧地近江国高島郡/木津荘
社格式内社(小社)/木津荘惣社
主祭神彌都波能賣命(水神・もとからの祭神)
合祀神波爾山比賣命(=埴生女屋神/埴安神、天平13年〈741〉に阿波より勧請)
性格水神+土神の二神を揃えた農耕・灌漑の守護社

2. 二神併祀の由緒──水神に土神を合わせる

社伝の核心は、もとからの水神に、阿波から土神を勧請して対をなしたという二段構成にある。

段階祭神神格
往古より彌都波能賣命水の神(灌漑・用水)
天平13年(741) 勧請波爾山比賣命(=埴生女屋神/埴安神)土の神(粘土・土壌)

もとより彌都波能賣命を祀っていたが、天平13年(741年)に阿波国勝浦郡の建嶋女祖命神社より波爾山比賣命を勧請し、水の神・土の神の二神を揃えたと伝えられている。延喜式神名帳に記載されている式内社であり、木津荘の惣社である。

→ 水田耕作には 水(灌漑)と土(粘土・土壌)の両方 が要る。波爾布神社の二神併祀は、農耕・治水の祭祀として理にかなった構成であり、「土神を補うために、わざわざ阿波の土の女神を招いた」ことを意味する。


3. 記紀神話との対応──土神+水神は一対で生まれる

この「土神+水神」という組み合わせは、波爾布神社で人為的に揃えられたものであると同時に、記紀神話の出生譚そのものの反復でもある。

『古事記』では、伊弉冉尊が火神を生んで病臥した際、その身体から神々が生まれる:

出生源生まれた神神格
糞波邇夜湏毘古神・波邇夜湏毘賣神(=埴安媛命)土の神
尿彌都波能賣神・和久產巢日神水の神

→ つまり 土神(埴安=波爾山比賣)と水神(彌都波能賣)は、神話上もともと同じ場面で対をなして生まれる。波爾布神社が「水神に土神を合わせて二神を揃えた」のは、この記紀の対偶構造を地上の神社祭祀として実現したものと読める。詳細は 埴安媛命 §2・§4-4 を参照。

阿波内にも揃う「土+水」二社

波爾布神社が近江で揃えた 土神+水神 の組み合わせは、阿波国美馬郡にも対で現存する:

神社祭神神格
波爾移麻比禰神社(美馬郡・式内社/三好市井川町)埴山姫命土の神(カグツチ系・製鉄とも結ぶ)
弥都波能売神社(美馬郡・式内社/美馬市)弥都波能売神(水波能賣神)水の神(吉野川上流の治水)

→ 波爾布神社の祭神二神(土=波爾山比賣=埴山姫/水=彌都波能賣)が、阿波の美馬郡では二つの式内社に分かれて祀られている。「波爾移麻比禰(はにやまひね)」は波爾布神社祭神「波爾山比賣(はにやまひめ)」と同根の神名であり、阿波(建嶋=勝浦/波爾移麻比禰=美馬)における埴の女神祭祀の広がりと、近江への東伝(波爾布神社)が、同じ「土+水」一対の信仰として連続することを示す。


4. 阿波説における意義

4-1. 阿波の土の女神の東伝

741年の 建嶋女祖命神社(阿波・勝浦郡)→ 波爾布神社(近江・高島郡) への波爾山比賣命勧請は、阿波の土の女神が 畿内周縁へ伝播した物的傍証。勧請という明確な行為が社伝に残る点で、地名一致型の傍証よりも史料的に強い。

4-2. 「埴生女屋神=建嶋女祖命神社所在」説の補強

goutara(ぐーたら気延日記)は、**「741年に建嶋女祖命神社から埴生女屋神(=波爾山比賣命)を勧請している以上、当時の埴生女屋神の所在は建嶋女祖命神社であった」**と推論する。波爾布神社の勧請伝承は、三代実録元慶7年(883)の「阿波國 埴生女屋神」神階奉授をめぐる 二式内社の比定論争(埴生女屋神:阿波の土の女神と式内社二社の比定論争)において、建嶋女祖命神社(勝浦郡)側を支持する根拠となる。

4-3. 阿波→近江の二重の東伝路

建嶋女祖命神社は、近江に対して 二つの東伝 を主張される:

  1. 建部大社(近江一宮)への東伝:「タケシマ=タケベ」音転を介する説(awa-otoko)→ 建嶋女祖命神社
  2. 波爾布神社への勧請:波爾山比賣命(土神)の741年勧請(本ノート)

→ 阿波の長国造圏の女神祭祀が、近江の複数の式内社へ流れ込んだとする阿波説の地理的骨格を補強する。


5. 関連神格・関連神社

神格

神社

論考・研究


6. 留保

注意

  • 勧請年(天平13年〈741〉)・勧請元(建嶋女祖命神社)は社伝(由緒書)による二次的伝承であり、一次史料での年次確定ではない。
  • 「波爾山比賣命=埴生女屋神=埴安神」の同神視は社伝・地誌による解釈。建嶋女祖命神社の祭神自体が下照姫説・埴安姫説など諸説並立であり、勧請された神の本体も確定していない。
  • 波爾布神社が式内社であること、彌都波能賣命を祀ることは延喜式・社伝で確実だが、阿波からの東伝という枠組みは阿波説の読みであり、近江在地の独自祭祀として成立した可能性も排除されない。
  • 本ノートは 埴生女屋神比定論争の 近江側の受け皿として、阿波側の議論(埴生女屋神:阿波の土の女神と式内社二社の比定論争)と重複しない範囲で近江の式内社情報・木津荘惣社・二神併祀の構造を扱う。
  • confidence は 3(中位)——式内社・水神祭祀・木津荘惣社は確実だが、阿波からの勧請は社伝依存で東伝の枠組みは仮説的。

※本稿は阿波(建嶋女祖命神社)から土の女神(波爾山比賣命)を勧請したと伝える近江の式内社・波爾布神社を、阿波→近江の祭祀東伝の傍証として扱う研究ノート。神格そのものは 埴安媛命、比定論争は 埴生女屋神:阿波の土の女神と式内社二社の比定論争 を参照。