葦稲葉と忌部氏の稲作・穀物祭祀

板野郡上板町神宅(かんやけ)に鎮座する 葦稲葉(あしいなば)神社 は、延喜式神名帳「板野郡 鹿江比賣神社」の 比定論社の筆頭(鹿江比賣神社と同殿合祀)。 社名「葦(あし)」と「稲(いな)」を冠することから古代稲作祭祀の中核と目され、阿波説では 伏見稲荷大社の元社候補(上一宮大粟神社と並ぶ二大候補)として位置づけられる。

親ノート: 葦稲葉神社 / 鹿江比売神社 / 鹿江比賣神社

📜 基本情報

項目内容
鎮座地徳島県板野郡上板町神宅
延喜式記載阿波国 板野郡 鹿江比賣神社(小社、論社の筆頭)
主祭神倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、鹿江比賣命
同殿合祀鹿江比賣神社(女神・産土神)
摂社殿宮神社(祭神:素戔嗚命)
旧鎮座地大山畑「葦野原(あしのはら)」、山崩れで遷座 → 宮ヶ谷川河畔(鹿江姫神社の地)→ 失火で焼失 → 現在地(殿宮神社の地)
神階仁明天皇承和9(842)従五位下/清和天皇貞観9(867)従五位上/同16(874)従四位下/陽成天皇元慶3(879)従四位上

🌾 葦稲葉神とは何か――社名語義の二系統

解釈A:葦=鹿屋野比売、稲=倉稲魂(二神合一説)

kohun-jinjya(2023-09-21)の解釈:

  • 「葦」は 「あし」とも「よし」とも読む、いずれも茅葺屋根に使う「かや」のこと
  • 「葦」が 鹿屋野比賣神(カヤノヒメ) を、「稲」が 倉稲魂命(ウカノミタマ) を指す
  • 「葦稲葉神」は 二神を一神で表す合成神名

→ 葦稲葉大明神=倉稲魂命+鹿屋野比賣神。境内由緒の「葦稲葉大明神は倉稲魂命・鹿江比賣命を祀る」記述と完全に整合。

解釈B:葦稲葉神=大山祇神(黒岩大権現)説

awa-otoko(2015-08-29)の解釈:

  • 葦稲葉神は 「大山住(祇)大明神」そのもの
  • 本来、大山住大明神を祭祀していたのは 大山寺奥の院 黒岩大明神(大山祇大明神発祥の地)
  • 後年便宜上、麓に降ろされたのが葦稲葉神社

この立場では、葦稲葉神=大山祇神(黒岩大権現)の里宮形態、鹿江姫は 野槌神(草祖草野姫)=大山祇の妃神。

🌳 神宅地区の三層祭祀構造――奥宮・里宮・田宮

awa-otoko(2015-01-29/2015-08-29)が現地伝承を整理した、神宅地区の 三層祭祀構造:

層場所神格現在比定地
奥宮神体山「大山」山頂(葦野原・芽野原)葦稲葉神(男神)=大山祇神葦稲葉神社(元地、現在は失われた)
里宮山麓(神宮寺付近)鹿江比売神(女神・産土神)=野槌神大己貴神社(神宮寺)周辺
田宮田地(殿宮、“たのみや”の転訛)稲倉魂神(大宜都比売命・稲荷神)現在の殿宮神社

→ 「神宅(かんやけ=神の地)」の地名は、この三層構造を保持する神域全体の名。

古代の生活儀礼との接続

太古の昔、神宅地区の人々は大山に葦稲葉神を奉祭し、鹿江比売神のいます扇状地周辺の 茅原を開拓して田畑に変え、後に大宜都比売命・稲荷神を祭祀したのが「鹿江比賣神社」の始まり。 (awa-otoko 2015-01-29)

→ 山の神→野の神→稲の神 という、阿波の稲作受容過程そのものを祭祀構造に保存した極めて貴重な事例。

🏔 「大山」と黒岩大権現――大山祇神発祥地論

葦稲葉神社の神体山「大山」の山頂には 黒岩大権現 が鎮座し、大山津見神(大山祇神)を祀る。 東の 大麻山 と並んで、阿波の二大霊山として古来信仰を集めた。

大山祇神社(伊予一宮)への遷座論

awa-otoko の問い:

なぜ「大山祇大神宮」が寺(大山寺)に変化したのか、またどのような経緯で 伊予の三島大社に移動した かも気になる。

→ 阿波・上板町大山が 大山祇神の発祥地 であり、後に伊予国一宮(大三島・大山祇神社)へ遷座したとする説。大麻比古神社摂社・山神社の祭神論(awa-otoko 2015-10-28)とも連動する。

木花咲耶姫の元社接続

大山祇神と鹿江姫の 娘である木花咲耶姫 は、上板町椎本野神の 椎宮神社 に祀られていたが大水で流失。石井町桜間神社 → 名東町椎宮神社 → 佐古椎宮神社へと遷座。 さらに石井町曽我氏神社では木花咲耶姫が彦火々出見尊と夫婦神として祀られる。

→ 大山周辺は阿波忌部・粟国造系の女神祭祀の発信源 という壮大なネットワーク像。

🦊 伏見稲荷大社の元社候補

葦稲葉神社の中核祭神 倉稲魂命(ウカノミタマ)=稲荷神 は、阿波説では伏見稲荷大社の本源として位置づけられる。

鹿江比賣神社(葦稲葉神社)の祭神である「稲荷神」は 伊勢神宮から伏見稲荷大社に祀られている という事実があり、鹿江比賣神社は 伏見稲荷大社の元社(のひとつ) であると言える。もうひとつは神山町の上一宮大粟神社。 (awa-otoko 2015-01-29)

三位一体論との接続

  • 倉稲魂命 = 宇迦之御魂神 = 大宜都比売命 の三神同体論(神道五部書『御鎮座伝記』)
  • 板野郡 岡上神社 とも完全に整合(豊受姫命=ウカノミタマ=オオゲツヒメ)
  • 阿波が 稲祭祀・食物祭祀・狐神祭祀の本源 であるとする阿波説の中核

🪨 鹿江比売命と「カヤノヒメ」音韻論

延喜式の社名は「鹿江比賣神社」であり、葦稲葉神社はその比定論社の一つ(鳴門市大麻町板東広塚=大麻比古神社境内末社「野神社」が対抗論社)。

カヤノヒメ = カエヒメ 説(kohun-jinjya 2023-09-21)

「カヤノヒメ」→「カヤヒメ」→「カエヒメ」という音の変化があり、鹿屋野比売神が鹿江比売命であるとする説。

  • 鹿屋野比賣神は『古事記』で野槌神。大山祇神と一対の野の神
  • 大山山頂(大山祇神鎮座)と葦稲葉神社の間に「野の神と山の神を仲良く並んで祀る小祠」が存在
  • 同小祠は 古墳形状を呈する(道路脇)

→ 葦稲葉神社の鹿江比売命は 鹿屋野比賣神(カヤノヒメ) とする立場が現地地形からも支持される。

千鹿江比賣命説(忌部系図)

これに対し、安房国忌部家系(国立国会図書館デジタルコレクション)では:

  • 阿波忌部祖・天日鷲命 → 大麻比古命 → 千鹿江比売命(と由布津主命)
  • 大麻比古神社末社「野神社」の鹿江比売命は、この 千鹿江比賣命 を指す

葦稲葉神社の鹿江比売は野槌神(鹿屋野比賣神)、大麻比古社境内野神社の鹿江比売は千鹿江比賣命、と 二系統の鹿江比賣 が併存している可能性もある。

📊 神階で見る葦稲葉神社の格

葦稲葉神は阿波の神々の中でも特に 昇位が早く・高い 神階を授けられている:

年神階大麻比古神(比較)
842(承和9)従五位下—
859—従五位上
867(貞観9)従五位上正五位上
874従四位下—
878—従四位下
879(元慶3)従四位上—
883—従四位上

→ 867年時点では大麻比古神の方が格上だが、陽成天皇期に葦稲葉神が先んじて従四位上に到達。

しかし927年編纂の延喜式神名帳では、葦稲葉神社は 式内社に列せられず、社名は「鹿江比賣神社」となっている。 kohun-jinjya は「大麻比古神の昇位の影響で、大麻比古神社末社の野神社(鹿江比売命)が式内社となった可能性が高い」と推測する。

つまり、神階上は阿波屈指の高格を誇った葦稲葉神は、延喜式編纂時に勢力交代が起こり、社名表記が「鹿江比賣神社」に変わって式内社入りした という政治的経緯の痕跡。

🛕 戎神社・野神社・大己貴神社――広域分布

葦稲葉神社の元地(大山畑芽野原)付近には、関連する小社群が分布:

神社位置役割
戎神社葦稲葉神社元地付近大山祇大神宮(大山寺)と葦稲葉神社の 遥拝所
野神社上板の集落全体に分布鹿江姫(野槌神)祭祀の末端ネットワーク
大己貴神社(神宮寺)戎神社南下里宮の中核、鹿江比売神社の元地

→ 上板町大山周辺は、大山祇神・鹿江姫(野槌神)の祭祀が広域に伝播した放射状ネットワーク の中心。

🌐 阿波説における位置づけ

遷座先候補阿波の元社確度
伊予一宮 大山祇神社(大三島)大山(上板町)/黒岩大権現 + 葦稲葉神社★★
伏見稲荷大社葦稲葉神社(鹿江比賣神社) + 上一宮大粟神社★★
伊勢神宮外宮(豊受大神)岡上神社 + 葦稲葉神社(経由)★

葦稲葉神社は単独の元宮論というより、阿波の山神・野神・稲神の三層祭祀構造を最も明瞭に保存した社 として、阿波説における稲作祭祀論の 論証基盤 となる。

🔗 関連リンク

📚 参照原資料(ブログ・note記事)

  • awa_otoko_02_氏族_粟国造_大宜都比売#2015-01-29-草の神から稲の神へ(鹿江比賣神社) (出典) — 主資料(奥宮・里宮・田宮の三層祭祀、伏見稲荷大社元社論)
  • awa_otoko_02_氏族_粟国造_大宜都比売#2015-08-29-葦稲葉神社は本来どこに鎮座していたのか(上板町神宅) (出典) — 主資料(葦稲葉神=大山祇神論、伊予三島大社遷座論、椎宮神社伝播)
  • 2023-09-21_【阿波の神社を行く!】延喜式内社「鹿江比売神社」に祀られた鹿江比売命の謎を追ってみた件 (出典) — 主資料(カヤノヒメ=カエヒメ音韻論、神階比較、葦+稲の合成神名論)

📚 留保(中立的併記)

  • 葦稲葉神社の延喜式内社比定は 論社の一つ であり、対抗論社として大麻比古神社境内末社「野神社」(鳴門市大麻町板東広塚)がある。kohun-jinjya は神階推移から大麻比古神社末社の方を式内社と推定。
  • 葦稲葉神の正体は (a) 倉稲魂+鹿屋野比売の合成神(kohun-jinjya)/(b) 大山祇神そのもの(awa-otoko) の二系統があり、阿波説内部でも併存。
  • 伏見稲荷大社の元社論は 三神同体論(御鎮座伝記)に依拠 する阿波説固有の構成。通説(伏見稲荷大社社伝:711年・秦伊呂具による創建)とは別系統の言説。