日吉大社(ひよしたいしゃ)

要旨

近江国滋賀郡(現・滋賀県大津市坂本)、比叡山東麓に鎮座する 名神大社・二十二社(下八社)・旧官幣大社。全国約3800社の 日吉・日枝・山王神社の総本宮 を称する。延喜式神名帳には「近江国 滋賀郡 日吉神社(名神大)」と記載される。東本宮の主祭神は 大山咋神(おおやまくいのかみ)で、比叡山の地主神=古層の祭神。西本宮の主祭神は 大己貴神(おおなむち=大国主神)で、天智天皇の大津京遷都期(7世紀後半)に大和の大神神社(三輪山)から勧請されたと伝える。延暦寺の鎮守・地主神として 山王信仰 の中核をなし、最澄以来の神仏習合(山王権現)の本拠となった。阿波説では、東本宮の大山咋神を 鴨族系の祭祀 と読み、賀茂氏東遷ライン(阿波→葛城→山城)の近江側の隣接結節点として位置づける見方があるが、これは阿波説固有の 仮説 であり、論拠の主体は親ノート(全国一宮_阿波接続_MOC・賀茂別雷神社・賀茂氏)に委ねる。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
東本宮 大山咋神の性格比叡山の地主神。『古事記』に「近淡海国の日枝山に坐す」と明記される古層の山の神鴨族系の神格として読み、賀茂氏東遷ラインの近江側に位置づける(=阿波説固有の仮説)
西本宮 大己貴神大津京遷都期に三輪山(大神神社)から勧請された大国主神阿波説でも勧請は通説どおり。ただし大己貴=大国主=阿波八桙神社八千矛神とする同体論の延長に置く見方がある
大山咋神と賀茂別雷神の関係松尾大社・上賀茂神社系の異伝で、大山咋神を賀茂別雷神の父神(丹塗矢)とする社伝があるこの父神関係を手がかりに、近江の山王祭祀を賀茂氏(鴨族)祭祀圏の一極と解する
総本宮性日吉大社を起点に全国の日吉・日枝・山王社が分派鴨族・大己貴系祭祀の広域ネットワークの一結節と読む東遷論
阿波接続(想定しない)阿波—賀茂—近江を結ぶ祭祀ネットワーク仮説。確証はなく、深入りしない

2. 基本情報

項目内容
社名日吉大社(ひよしたいしゃ)
別称日吉社・山王権現・日吉山王・日枝大社
延喜式表記近江国 滋賀郡「日吉神社(名神大)」
読みヒエノ(古くは「ひえ」、近代以降「ひよし」と訓む)
所在地滋賀県大津市坂本五丁目1-1
社格名神大社・二十二社(下八社)・旧官幣大社・別表神社
創建社伝:崇神天皇7年(東本宮)。西本宮は天智天皇の大津京遷都期(7世紀後半)に勧請と伝える
東本宮 主祭神大山咋神(おおやまくいのかみ)=比叡山の地主神
西本宮 主祭神大己貴神(おおなむち=大国主神)=三輪山より勧請
その他樹下宮(玉依姫神)・宇佐宮(田心姫神)・白山宮(菊理姫神)ほか上七社・中七社・下七社
座数1(延喜式神名帳「日吉神社」一座)
位置付け全国の日吉・日枝・山王神社の総本宮。延暦寺の鎮守・地主神。山王信仰の本拠

3. 祭神と社伝

3-1. 東本宮 大山咋神(一次史料)

東本宮の主祭神 大山咋神 は、『古事記』上巻・大年神の段に明記される神格である。すなわち、

大山咋神、亦の名は山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝山に坐し、亦葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ。

とあり、大年神(須佐之男命の御子)と天知迦流美豆比売との間の御子で、近江の 日枝山(比叡山) と山城の 松尾(松尾大社) に坐す神とされる。「鳴鏑(なりかぶら)を用つ神」とあり、矢(鏑矢)と結びつく神格である点が後述の丹塗矢伝承の前提となる。大山咋神は比叡山という山そのものの地主神であり、日吉大社の祭祀の最古層をなす。

3-2. 西本宮 大己貴神の勧請(社伝)

西本宮の主祭神 大己貴神(大国主神)は、社伝によれば天智天皇の 大津京遷都(667年) に際し、大和の 大神神社(三輪山) から勧請されたと伝える。すなわち東本宮(大山咋神・地主神)が古層、西本宮(大己貴神・勧請神)が新層という二重構造をもつ。後世の社格上は西本宮が上位とされた時期もあるが、土地に根ざした地主神は大山咋神である。

3-3. 大山咋神と賀茂別雷神の父神伝承(社伝・異伝)

伝承としての提示(一次史料ではない)

松尾大社・上賀茂神社系の社伝・異伝には、大山咋神を 賀茂別雷神の父神 とする伝承がある。すなわち、丹塗矢に化した大山咋神が瀬見の小川を流れ下り、賀茂建角身命の娘・玉依姫命がこれを拾って懐妊し、賀茂別雷神を生んだという『山城国風土記』逸文の丹塗矢伝承において、その丹塗矢の正体を大山咋神とする解釈である。これは一次史料(記紀)に明記された系譜ではなく、後世の神社縁起・異伝に属する。詳細は賀茂別雷神社§の丹塗矢伝承を参照。

3-4. 山王信仰・神仏習合

最澄が延暦寺を開創(788年)して以降、日吉大社は 延暦寺の鎮守・地主神 となり、天台宗の守護神 山王権現 として神仏習合の中核をなした。中世には「山王二十一社」と称される広大な摂末社群を擁し、神輿振り(強訴)でも知られた。明治の神仏分離で「日吉神社」と改称され、戦後に「日吉大社」と称する。


4. 歴史

4-1. 創建と古代

社伝は東本宮を崇神天皇7年の創建と伝えるが確証はない。確実なのは、比叡山の地主神として古来 大山咋神 を祀ってきたこと、および大津京遷都期に 大己貴神 が西本宮に勧請されたという伝承である。

4-2. 律令期〜延喜式

『延喜式』神名帳に「近江国 滋賀郡 日吉神社(名神大)」と記載され、名神祭に預る最上格の神社として遇された。後に 二十二社(下八社) にも列し、朝廷の崇敬を受けた。

4-3. 中世〜近世

最澄の延暦寺開創以降、山王権現として隆盛。延暦寺の僧兵による神輿振りの舞台ともなった。元亀2年(1571)の織田信長による 比叡山焼き討ち で社殿の多くを焼失したが、後に豊臣・徳川期に再建された。現在の東本宮本殿・西本宮本殿はいずれも 日吉造(聖帝造) で国宝に指定されている。

4-4. 近代以降

明治の神仏分離により神社として独立、旧官幣大社に列した。全国の日吉・日枝・山王神社の総本宮として崇敬を集める。


5. 核心論点:山王祭祀の二重構造と鴨族系神格

5-1. 地主神(大山咋)と勧請神(大己貴)

日吉大社の祭祀は 東本宮の大山咋神(地主神・古層) と 西本宮の大己貴神(勧請神・新層) の二重構造をもつ。阿波説的視点が掛かるのは、土地に根ざした古層の 大山咋神 の側である。大己貴神は大津京遷都期に三輪山から勧請された後発の祭神であり、その勧請自体は通説どおりとされる。

5-2. 大山咋神=鴨族系という読み

大山咋神は『古事記』で 松尾(松尾大社) にも坐す神とされ、松尾大社は秦氏が奉斎したが、その大山咋神を賀茂別雷神の父神とする異伝(前述3-3)が存在する。この 大山咋=賀茂別雷の父 という社伝上の縁を手がかりに、阿波説は近江の山王祭祀を 賀茂氏(鴨族)祭祀圏の一極 と読む余地を見出す。ただし大山咋神を「鴨族系」と断定する一次史料は存在せず、これは社伝・異伝(3-3)と阿波説仮説(6章)を重ねた解釈にとどまる。


6. 阿波説における意義

仮説としての提示

以下は 阿波説固有の解釈 であり、断定ではない。日吉大社が近江国滋賀郡の名神大社・全国山王社総本宮として確立した古社であること、東本宮大山咋神が『古事記』記載の比叡山地主神であること、西本宮大己貴神が三輪山からの勧請であることは、いずれも通説・一次史料で確実である。これに対し、本社祭祀を阿波に接続する見方は史料的に間接的で、論拠の本体は親ノート(阿波説の根幹・全国一宮_阿波接続_MOC・賀茂別雷神社・賀茂氏)に委ねる。

6-1. 賀茂氏東遷ラインの近江側隣接結節点

全国一宮_阿波接続_MOC の軸②「賀茂氏(事代主・建角身命系)東遷ライン」は、賀茂氏祭祀を 阿波(事代主神社・建嶋女祖命神社)→ 葛城(高鴨神社)→ 三輪山(大神神社)→ 山城(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社) と整理する。日吉大社の東本宮 大山咋神 は、松尾・上賀茂系の異伝で賀茂別雷神の父神とされる神格であり、近江(比叡山東麓)はこの賀茂氏祭祀圏の 山城に隣接する近江側の結節点 として読みうる。本社をこのラインの近江側隣接ノードに位置づけるのが阿波説固有の見方である。

6-2. 大己貴神=大国主同体論との接続

西本宮の 大己貴神(大国主神) は、阿波説では阿波八桙神社の八千矛神(大国主)と同体とする見方の延長に置かれる。すなわち、大津京遷都期に三輪山から勧請された大己貴神もまた、阿波→出雲→三輪と展開した大国主系祭祀の一末端と読む余地がある。ただしこれは仮説であり、論拠は親ノート(大神神社・八桙神社)に委ねる。

6-3. 深入りしない留保

本社は山王信仰・延暦寺地主神としての性格が圧倒的に強く、阿波接続の論拠は 大山咋=賀茂別雷の父 という社伝上の縁に依存する間接的なものである。したがって本ノートでは仮説の明示にとどめ、これ以上は 深入りしない。鴨族・賀茂氏東遷の本体論は親ノートに委ねる。


7. 関連神社・関連氏族

賀茂氏(鴨族)祭祀軸(東遷論)

  • 賀茂別雷神社(山城国愛宕郡):賀茂氏東遷ラインの山城終着。大山咋=賀茂別雷の父神伝承
  • 賀茂御祖神社(山城国愛宕郡):下鴨社、賀茂建角身命祭祀
  • 大神神社(大和国城上郡):賀茂氏東遷ラインの三輪山中間結節点
  • 松尾大社(山城国葛野郡):大山咋神を祀る ※未ノート化のためプレーン表記

阿波の事代主・大国主系祭祀(東遷論の本源側)

関連神格

  • 味耜高彦根命(迦毛大御神):鴨族祖神。賀茂氏祭祀圏の中核神格
  • 事代主命(エビス):賀茂氏(鴨族)祖神
  • 大山咋神:本社東本宮主祭神。『古事記』記載の比叡山・松尾の地主神 ※未ノート化のためプレーン

関連氏族

  • 賀茂氏:事代主神・賀茂建角身命を祖神とする。葛城→山城へ展開

8. 現地情報

アクセス

  • 電車:JR湖西線「比叡山坂本」駅、または京阪石山坂本線「坂本比叡山口」駅から徒歩
  • 車:名神高速「京都東IC」から国道161号経由
  • 駐車場:あり

主要祭事・見どころ

  • 山王祭(4月):日吉大社最大の祭礼
  • 東本宮本殿・西本宮本殿:いずれも日吉造(聖帝造)で国宝
  • 日吉三橋(重要文化財)・西教寺・延暦寺との一体的な門前町(坂本)

9. 史料

一次史料

  • 『古事記』 上巻・大年神段:大山咋神(亦名 山末之大主神)、「近淡海国の日枝山に坐し、亦葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ」
  • 『延喜式』 神名帳:「近江国 滋賀郡 日吉神社(名神大)」

神社縁起・社伝

  • 日吉大社社伝:東本宮 大山咋神の地主神性、西本宮 大己貴神の大津京遷都期勧請、全国山王社総本宮
  • 『山城国風土記』逸文(丹塗矢伝承):大山咋神を賀茂別雷神の父神とする松尾・上賀茂系異伝の前提

阿波関連史料(東遷論の本源側)

  • 『延喜式』 神名帳:阿波国の式内 事代主神社(阿波郡・勝浦郡)
  • 『阿府志』『阿波志』:阿波の鴨地名・事代主祭祀伝承

10. 関連ノート(Vault内)

賀茂氏東遷ライン

阿波の事代主・大国主系祭祀


11. 留保(中立的併記)

注意

  • 日吉大社が近江国滋賀郡の 名神大社(式内社)として確立した古社、かつ全国の日吉・日枝・山王神社の 総本宮 であることは通説でも確実。
  • 東本宮 大山咋神 が『古事記』に記載される比叡山(日枝山)の地主神であること、西本宮 大己貴神 が大津京遷都期に三輪山から勧請された神であることも、一次史料・社伝で確実。
  • これに対し、本社祭祀を 鴨族系・賀茂氏東遷ライン(阿波→葛城→山城)の近江側結節点 と読む見方は 阿波説固有の解釈=仮説 であり、断定ではない。
  • 阿波接続の論拠は 大山咋=賀茂別雷神の父神 という松尾・上賀茂系の社伝・異伝に依存しており、これ自体が一次史料(記紀)に明記された系譜ではない。
  • 「賀茂氏東遷三段階」は 全国一宮_阿波接続_MOC 独自の整理であり、学界の公式整理ではない。論拠の主体は親ノートに委ねる。
  • 大山咋神を「鴨族系」と断定する一次史料は存在しない。本ノートの当該記述は社伝・異伝と阿波説仮説を重ねた解釈にとどまる。
  • 本ノートの evidence_type は “primary_source_based”(祭神・延喜式記載は一次史料準拠)、confidence は 3(事実核心は堅いが阿波接続は仮説のみ)。

※本稿は全国一宮_阿波接続_MOC(軸②:賀茂氏東遷ライン)の近江側隣接結節点として、また賀茂別雷神社・賀茂氏の関連社として位置付けられる。阿波接続は仮説であり、論拠は親ノートに委ねる。