推古天皇

要旨

推古天皇(諱・額田部皇女、諡・豊御食炊屋姫尊、第33代)は欽明天皇の皇女、敏達天皇の皇后で、記紀で初めての女帝とされる。阿波説固有の論拠(地名比定・式内社・現地伝承・物証)は現時点の Vault 資料からは確認できず、推古は阿波本貫とされる継体—欽明の系譜上に置かれる女帝として位置づけられるにとどまる。Vault 内の「推古」言及はいずれも推古元年・推古朝という年代の目盛りか、推古朝に活動した周辺人物(兄・用明の亀山神社改葬伝承、甥・聖徳太子の阿波在住論など)に付くものであり、推古その人の阿波在位を示すものではない。


1. 概要

  • 読み: スイコテンノウ
  • 諱: 額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)
  • 諡号(紀): 豊御食炊屋姫尊(トヨミケカシキヤヒメ)
  • 代数: 第33代
  • 父: 欽明天皇(第29代)
  • 母: 蘇我堅塩媛(蘇我稲目の娘)
  • 兄: 用明天皇(第31代。聖徳太子の父)
  • 続柄: 敏達天皇(第30代)の皇后。崇峻天皇暗殺後に即位した、記紀で初めての女帝とされる。
  • 通説の宮: 小墾田宮(おはりだのみや。奈良県明日香村)
  • 登場文献: 『古事記』『日本書紀』

2. 阿波説における位置づけ

推古天皇については、阿波説の固有の論拠(地名比定・式内社・現地伝承・物証)が現時点のVault資料からは確認できない。Vault 内で「推古」が現れる箇所は、いずれも 推古元年(593)・推古朝という年代の目盛り としての言及(元宮ハブ_MOC の率川阿波神社創建年、春秋二倍歴:欠史八代の超長寿問題と古代日本の暦法 の讖緯説計算など)か、推古朝に活動した周辺人物(秦河勝・東漢氏など)に付くものであり、推古天皇その人を阿波に比定する主張は見当たらない。

したがって推古は、阿波説の文脈では 欽明王統の系譜上に置かれる女帝 として位置づけられるにとどまる。すなわち、阿波本貫とされる 継体王朝(継体—欽明)の血を引く代として理解される。父・欽明、その曽祖(系譜上の祖)である継体は阿波本貫論で論じられるが、推古自身に独自の阿波比定は付与されていない。

なお、推古朝の 周辺人物には阿波関連伝承が存在する点は付記に値する(推古本人の比定ではない):

これらは推古朝という 時代 に阿波が関わる伝承であって、推古天皇という 人物 の阿波在位を示すものではない。

2-1. 系譜(阿波説の整理)

継体天皇(第26代)── 阿波本貫論(応神5世孫)
   ↓
欽明天皇(第29代)
   × 蘇我堅塩媛(蘇我稲目の娘)
        ↓
   ├ 用明天皇(第31代)── 板野・亀山神社へ改葬伝承
   │    └ 聖徳太子(厩戸皇子)── 阿波在住論
   └ 推古天皇(第33代)── 本ノート。敏達天皇の皇后→即位
  • 父・欽明、系譜上の祖・継体とともに、阿波本貫とされる継体王統に連なるとされる。
  • 母方は蘇我氏(阿波蘇我氏に源流を求める説がある氏族)。ただし推古自身を阿波に結ぶ材料ではない。

3. 関連ノート(Vault内)


4. 留保

注意(材料の薄さを正直に)

  • 阿波説における推古天皇固有の物証・論拠は、現時点のVault資料からは確認できない。 地名比定・式内社・現地伝承のいずれも推古と直接結びつくものが見当たらず、ブログ・note資料でも推古を阿波と結ぶ独自主張は確認できなかった。
  • 本ノートは、阿波本貫とされる継体—欽明の系譜上に推古を置く整理であり、推古その人の阿波在位を主張するものではない。
  • 時代区分と人物の区別:推古朝という時代に阿波が関わる伝承(兄・用明の亀山神社改葬伝承、甥・聖徳太子の阿波在住論、法谷寺の推古朝開基伝承)は存在するが、これらは周辺人物に付く伝承であって、推古天皇その人の阿波在位・比定を示すものではない。
  • 一般日本史で語られる推古の事績(最初の女帝・聖徳太子の摂政・遣隋使・冠位十二階・憲法十七条など)は阿波説と直接の関わりがないため、本ノートでは阿波論拠として水増ししていない。
  • 通説の宮「小墾田宮」を阿波の地名に比定する主張も、現時点のVault資料には見当たらない(小墾田宮は天皇記編纂・国史成立の場として通説どおり大和飛鳥に置かれて言及される)。
  • evidence_type: synthesis(記紀の系譜から導いた位置づけの整理)/ confidence: 1(阿波説固有材料ゼロ。周辺人物の伝承は存在するが推古本人には及ばない。安康天皇と同水準)。