葛木男神社

📚 土佐 葛木男神社 — 葛城系の男神を祀る土佐郡の式内社。同郡の葛木咩神社(女神)と対をなし、阿波説では阿波の葛城本貫地(神山町・佐那河内村)からの土佐分派と読み解かれる。

基本情報

  • 延喜式記載: 土佐国 土佐郡 葛木男神社
  • 読み: カツラキヲノ
  • 社格: 小
  • 比定社・論社: 葛木男神社
  • 所在地: 高知市布師田
  • 郵便番号: 781-5101

祭神と社伝

  • 主祭神は **葛木男神(かつらきおのかみ)**=高鴨味鋤高彦根命(土佐神社主祭神と同神)の異称とされる。
  • 葛城氏の祖神祭祀の土佐版で、葛木咩神社(女神=下照姫命などに比定)と対をなす夫婦神祭祀。
  • 土佐郡の中枢祭祀である都佐坐神社(土佐神社)と同じ葛城系神格を祀る。

歴史

  • 延喜式神名帳(927年)に「土佐国 土佐郡 葛木男神社」として記載。
  • 布師田(ぬのしだ)の地は土佐郡東部の祭祀拠点で、土佐神社の社家との関連が伝わる。
  • 中世以降、葛木咩神社と合祀される時期もあった。

命題の構造

観点通説阿波説
「葛木」地名・社名の起源大和国葛城を本貫とする葛城氏が、続日本紀の高鴨神土佐配流(769年)を契機に祭祀を移した(連胤按語)阿波国名方郡の葛城(神山町神領 大埜地の葛倉宮)を本貫とし、後に大和葛城へ東遷した一族の祭祀が土佐へも及んだ
主祭神「葛木男神」の神格神祇志料・特選神名牒の類推により味鋤高彦根命(高鴨神)と比定、社自体に独立の古典記載はない神山町神領の葛倉宮祭神「葛木男神」と同一神とみる(awa-otoko)
葛木男・葛木咩の対祭祀夫妻・兄妹・親子のいずれかは一次史料から判別不能粟飯原家伝の土佐一宮=阿波一宮夫妻神論を郡内に投影した男女ペア祭祀構造とみる
一言主神の文献上の地位低下賀茂氏の中央政界での失脚(壬申の乱以降)として説明される阿波・神山系葛城祭祀の中央からの後退・地方化の証拠と読む

※「通説」列は神社覈録連胤按語・神祇志料・特選神名牒に基づく一般的理解、「阿波説」列は本ノート既述のawa-otoko解釈。各論点の詳細は下記「阿波説における詳細論点」、対立点は「留保」を参照。

阿波説における意義

葛城氏は阿波説では阿波国名方郡の葛城(神山町・佐那河内村方面)を本貫とする一族とされ、後に大和葛城に東遷したと解釈される(粟飯原家伝・古墳分布から推定)。土佐郡に葛城系の男女ペア祭祀(葛木男・葛木咩)が存在することは、阿波の葛城本貫地から土佐への祭祀的分派を示す。土佐一宮の都佐坐神社(土佐神社)が味鋤高彦根命(葛城系)を祀ることと整合し、土佐郡全体が「葛城系祭祀圏」を形成していたと位置付けられる。awa_otoko_02_氏族_粟国造_大宜都比売#2017-08-08-土佐国一宮ト阿波國一宮ハ夫妻之御神ナル可シ。 の粟飯原家伝による土佐一宮=阿波一宮の夫妻神論とも呼応する。

関連神社・関連氏族

  • 阿波の元宮候補:神山町・佐那河内村の葛城系祭祀地、阿波一宮(八倉比賣神社)
  • 対:葛木咩神社(女神)、都佐坐神社(土佐神社、味鋤高彦根命)
  • 関連氏族:葛城氏(阿波本貫説)、土佐国造、阿波忌部

現地情報

  • アクセス:高知市布師田。JR土讃線土佐一宮駅から徒歩・タクシー。
  • 主要祭事:例祭 秋季。
  • 国分川流域の段丘上に鎮座、葛木咩神社と隣接。

古典・近世文献における葛木男神社

葛木男神社は土佐郡 5座(大1座・小4座)のうち、都佐坐神社(土佐神社)に次ぐ重要な小社として延喜式に登載される。

『延喜式神名帳』〈延長5年(927)〉

土佐國 土佐郡 葛木男神社(かつらきをの かみのやしろ)

土佐郡 5座(都佐坐神社・葛木男神社・葛木咩神社・郡頭神社・朝倉神社)のうち、葛木男・葛木咩は 男女ペアとして並記 されており、夫妻神あるいは兄妹神を一対として祀る祭祀構造を示す。

『神祇志料』〈明治9年(1876)〉小野神社条の按語

土佐國長岡郡 小野神社(南国市岡豊町小蓮)の条において、栗田寛は以下のように按ずる:

〇按 彦國押人命の御母 尾張連の母は、葛木直祖 劔根命の女なれば、劔根命は皇子の外曾祖父にあたれり。さて本國に 天忍穂別神社、葛木男神社、葛木咩神社 などあるを以て思ふに、本社は盖 其母家の由縁に依りて祭る所也。

ここで重要なのは、土佐国に 「天忍穂別神社・葛木男神社・葛木咩神社」が並存 していることが、葛木直祖 劔根命(つるぎねのみこと)の祭祀圏として明治期に既に認識されていた点である。劔根命は新撰姓氏録に「葛城国造の祖、武内宿禰の母方の祖」と記される葛城氏祖神である。

都佐坐神社との連続性

土佐郡の中枢祭祀である都佐坐神社(土佐神社)の主祭神は『神祇志料』『特選神名牒』ともに 味鋤高彦根命(高鴨神) とする。葛木男神を味鋤高彦根命と同定する説は、

  1. 土佐神社が「高鴨神を祀る」(神祇志料・特選神名牒)
  2. 続日本紀 神護景雲三年(769)の「高鴨神 土佐國に流さる」伝承
  3. 賀茂神社(黒潮町入野)の祭神も「味鋤高彦根神なるべく思はる……此に此神を祭れるは都佐坐神社の由縁によりて其氏人の此に住る者の祭りしものなるべし」(特選神名牒)

という土佐国全体の 「高鴨神=味鋤高彦根命を主神とする祭祀圏」 の中で読み解かれる。

葛木咩神社との関係

葛木咩神社は同郡布師田に古社地を残すが、現在は 葛木男神社に合祀 されている(Shrine-heritager)。延喜式神名帳の段階で両社は別社として記載されており、合祀は近世以降の措置と推定される。

阿波説における詳細論点

論点1:阿州北灘 葛城大明神縁起と葛木男神

阿波説論者(awa-otoko)が引く 『阿州北灘葛城大明神縁起』 は、阿波国板野郡北灘の葛城神社が天智天皇(亦の名・葛城皇子)を祀ると伝える。同社は現在「葛城一言主神」を祭神とするが、これは古い祭祀の上書きと読まれる。

awa-otoko は土佐 葛木男神社の祭神「葛木男神(かつらぎのおのかみ)」を、 阿波国名方郡神山町神領 大埜地に鎮座する葛倉宮の祭神「葛木男神」 と同一神とみなし、阿波(神山)→土佐(布師田)への遷移を主張する:

葛城一言主神の威厳が時代と共に損なわれていく……気にかかっていたのが神山町神領 大埜地に鎮座する葛倉宮で祭祀されている神、「葛木男神(かつらぎのおのかみ)」。葛城一言主神???この葛木男神も土佐に移動しています。

すなわち、「一言主」は神名ではなく役職であり、その役を担ったのが阿波神山起源の葛城一族(葛木男神の末裔) という解釈である。

論点2:『粟飯原家伝』の土佐一宮=阿波一宮 夫妻神論

awa-otoko(2017-08-08「土佐国一宮ト阿波國一宮ハ夫妻之御神ナル可シ」)は、阿波の粟飯原家伝に基づき:

  • 阿波一宮(八倉比賣神社)= 大宜都比売命(女神)
  • 土佐一宮(土佐神社・都佐坐神社)= 屈強な男神

を 夫妻神 とみなす論を展開する。これを土佐郡内部にも投影すれば:

  • 葛木男神社(男神) ⇔ 葛木咩神社(女神)
  • 朝倉神社(女神・天津羽羽神) ⇔ 都佐坐神社(男神・味鋤高彦根命)

という 男女ペア祭祀構造 が土佐郡全体に通底する。これは阿波の鴨族・葛城氏祭祀の構造(葛木男・葛木咩の対)を土佐に移植したものとされる。

論点3:『日本霊異記』における一言主神の地位低下と賀茂氏

阿波説の論拠の一つに、文献における「葛城一言主神」の地位の段階的低下がある(awa-otoko 引):

  • 『古事記』(712):雄略天皇と対等以上、天皇が衣服を差し出す
  • 『日本書紀』(720):天皇と共に狩りを楽しむ、対等
  • 『続日本紀』(797):高鴨神(一言主)が天皇と獲物を争い、土佐國に流される
  • 『日本霊異記』(822):役行者に使役される神にまで低下

これは、一言主を祀っていた 賀茂氏の中央政界での地位低下 を反映するとされる。阿波説は、この一連の地位低下と土佐への流配伝承を、 阿波・神山系葛城祭祀の中央祭祀圏からの後退と地方化 の証拠として読む。土佐郡 葛木男・葛木咩の存在は、その地方化過程の一断面である。

論点4:北灘 葛城神社三社との関連

awa-otoko は阿波国板野郡(北灘・大麻山と天円山に挟まれた位置)に鎮座する 葛城神社三社 も葛木男神の末裔が祭祀したものと推測する。これは阿波忌部(大麻比古神)と並ぶ阿波の二大氏族祭祀の構図を示す。土佐郡布師田の葛木男・葛木咩は、この阿波板野郡 → 土佐郡への展開の南端拠点と位置付けられる。

関連神社・関連氏族(追加)

  • 阿波の元宮候補:阿波国名方郡神山町神領 葛倉宮(葛木男神)、阿波国板野郡北灘 葛城神社三社、天石門別八倉比賣神社
  • 関連社:葛木咩神社(同郡)、都佐坐神社(一宮)、朝倉神社(同郡)、小野神社(南国市岡豊町、葛木直祖 劔根命の関連)
  • 関連氏族:葛城氏(阿波本貫説)、劔根命系、賀茂氏(阿波本貫説)、土佐国造、阿波忌部

留保

通説との対立点

  1. 大和葛城起源説:通説では、葛木男・葛木咩は 大和国葛城(現在の奈良県御所市・葛城市)を本貫とする葛城氏 が、続日本紀 神護景雲三年(769)の「高鴨神 土佐國に流さる」を契機として土佐に祭祀を移したものとされる。連胤の按語(神社覈録 朝倉神社条)も「朝倉の名は前なる葛木と同じく、大和國より出て、かの高賀茂神を放逐の時、隨從へるに依て、其名の當國に遺れるならん」と、土佐の葛木地名・社名を大和起源とみなす。阿波説(神山起源)はこの通説と対立する。

  2. 「一言主=役職」説の根拠:awa-otoko の「一言主は神名ではなく役職」とする解釈は、古事記・日本書紀・続日本紀のいずれにも明文の支持を持たない。文献における一言主神の地位低下は、賀茂氏の中央政界での失脚(壬申の乱以降)として通説的に説明され、必ずしも「役職神」とする必要はない。

一次史料の限界

  1. 葛木男神の神格不明:延喜式神名帳は「葛木男神社」とのみ記し、祭神の具体的神格を伝えない。「葛木男神=高鴨味鋤高彦根命」とする現代の比定は、神祇志料・特選神名牒の都佐坐神社条からの 類推 であり、葛木男神社自体に独立した古典記載があるわけではない。

  2. 葛木咩神社との関係:両社が夫妻神か、兄妹神か、あるいは別系統の祭祀が中世以降に対として整理されたかは、一次史料からは確定できない。延喜式神名帳の並記順序からは「ペア祭祀」が示唆されるが、夫妻・兄妹・親子のいずれかは判別不能。

  3. 粟飯原家伝の史料的位置:阿波説の中核論拠の一つ「粟飯原家伝」は、近世(江戸末期〜明治初期)の編纂物であり、古典的一次史料ではない。同家伝の記述を根拠とする論証は、史料批判の対象として留意すべきである。

  4. 神山町 葛倉宮との関係:阿波説が起源とする神山町神領 大埜地の葛倉宮は、延喜式神名帳に登載されない小祠であり、その古さ・由緒の独立的証明は困難である。土佐の葛木男神社(式内社)と神山町の葛倉宮(無格社)の祭祀的先後関係は、現時点では決定打を欠く。

評価指標

  • evidence_type: 延喜式・葛城系(古典的一次史料は延喜式神名帳のみ、それ以外は明治期の二次比定)
  • confidence(一次史料に裏付けられる事項): 高 — 延喜式所載、布師田鎮座、葛木咩神社との並記
  • confidence(神祇志料・特選神名牒の比定): 中 — 「高鴨味鋤高彦根命説」は土佐神社からの類推であり、葛木男神社固有の古典記載ではない
  • confidence(阿波説解釈): 中〜低 — 神山起源説、粟飯原家伝の夫妻神論、一言主=役職説はいずれも一次史料の直接的裏付けを欠く解釈

関連論考

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