三島鴨神社(みしまかもじんじゃ)

要旨

三島鴨神社(大阪府高槻市三島江2-7-37) は、摂津国島下郡の式内社(小)論社で旧郷社。社伝で 伊予の大山祇神社・伊豆の三嶋大社とともに「三三島」と呼ばれ、日本最初の三島神社 とされる。祭神は 大山祇神 と 事代主神 の二柱。前者は仁徳朝に茨田堤築造の淀川鎮守として「津の国の御島」に勧請された山神=三島神、後者は 鴨氏の氏神 で、この地の 三島溝咋耳一族(媛蹈鞴五十鈴媛=神武皇后の出自)と結びつく鴨神。社名「三島鴨」自体が 三島神(大山祇)+鴨神(事代主)の合祀 を示す。阿波説では、事代主神(阿波の神)の畿内展開 と、伊予・伊豆の三島系祭祀を結ぶ 「三三島」の結節点 として位置づけられ、三嶋大明神:事代主神か大山祇神か─伊豆・伊予の祭神論争と阿波 の畿内側の核心社にあたる。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
祭神「大山祇+事代主」三島神(山祇)と鴨神(事代主)の合祀伊予系(大山祇)と伊豆/阿波系(事代主)の両系が揃う唯一の三島社
遷祀伝承百済→摂津御島→伊予大三島(社伝)阿波の山祇・事代主祭祀が瀬戸内・畿内へ展開した経路の結節点
「鴨」鴨氏の進出による社名事代主奉斎の鴨氏=阿波の事代主祭祀(事代主命(エビス))と連続
三島溝咋耳在地の有力一族媛蹈鞴五十鈴媛(神武皇后)の出自。事代主・鴨氏と神武朝を繋ぐ

2. 基本情報

項目内容
社名三島鴨神社(三嶋鴨神社、みしまかもじんじゃ)
所在地大阪府高槻市三島江2-7-37(旧・淀川中洲「御島」)
創建社伝で4世紀半ば(仁徳朝、茨田堤築造時)
主祭神大山祇神・事代主神(一説に木花咲耶姫神を加え三柱)
延喜式表記摂津国 島下郡 三島鴨神社
社格式内社(小)論社/旧郷社
例祭10月20日

3. 祭神と社伝

祭神は 大山祇神(おおやまづみのかみ) と 事代主神(ことしろぬしのかみ) の二柱(木花咲耶姫神を加え三柱とする記録もある)。

創建由緒

仁徳天皇が茨田堤(まんだのつつみ)を築くにあたり、淀川鎮守の神として百済より「津の国の御島」に大山祇神を祀ったのが起源と伝わる。「津の国の御島」とは摂津国三島(現・高槻市三島江)を指す。

元は淀川の中洲である 川中島(御島) に鎮座し、慶長3年(1598)の淀川堤防修築に際して現在地へ遷座した。

「三島鴨」の社名

すでに淀川の渡船の神として祀られていた 大山祇神(三島神) に、事代主神(鴨神) が合祀されたことで「三島鴨神社」の社名が生まれたとされる。事代主神が祀られることから、鴨氏の当地進出 の背景が指摘される。


4. 歴史

  • 仁徳朝(社伝・4世紀半ば):茨田堤築造、淀川鎮守として大山祇神を御島に勧請
  • 元慶8年(884):『日本三代実録』、「摂津国三島神」に従五位下を授与
  • 延長5年(927):『延喜式神名帳』に「摂津国島下郡 三島鴨神社」と記載
  • 慶長3年(1598):淀川堤防修築に伴い現在地へ遷座

5. 「三三島」と遷祀ルート

社伝では、当社・伊予大山祇神社・伊豆三嶋大社の三社が「三三島(みつみしま)」と呼ばれ、当社が 日本最初の三島神社(山祇神社) とされる。

三三島社所在主祭神
摂津三島鴨神社(本社)高槻市三島江大山祇神・事代主神
伊予大山積神社今治市大三島大山積神(和多志大神)
伊豆三嶋大社三島市大宮町大山祇命・事代主神(積羽八重事代主)

遷祀ルート論

『伊予国風土記』逸文・『三島宮社記』等に基づく遷祀伝承:

百済 → 摂津御島(御島明神=三島鴨神社) → 伊予大三島(大山祇神社)

→ 摂津の御島(三島鴨神社)を中継点とする。ただし「津の国の御島」を三島鴨神社ではなく別社(西宮神社等)とする異説もある(§12参照)。阿波説はこの瀬戸内・畿内の三島系祭祀網に、阿波の山祇・事代主祭祀の展開を重ねて読む(→大山積神社 §3-3、三嶋大明神:事代主神か大山祇神か─伊豆・伊予の祭神論争と阿波)。


6. 阿波説における意義

6-1. 事代主神(鴨神)の畿内展開

当社の事代主神は 鴨氏の氏神。阿波説では事代主神は阿波の在地神(阿波郡の事代主神社等で祀られる)であり、その奉斎氏族・鴨氏が淀川流域へ進出した痕跡として、事代主祭祀の畿内展開 を示す。

→ 事代主命(エビス)、事代主神と神武東征:阿波郡における軍師的役割

6-2. 三島溝咋耳一族と神武朝

当社近くには 溝咋神社(三島溝咋耳一族の氏神)が鎮座する。記紀では、事代主神(八尋熊鰐となって)が三島溝咋耳の娘・玉櫛媛(三島溝咋姫) のもとに通い、生まれた 媛蹈鞴五十鈴媛命 が神武天皇の后となったと伝える。事代主・鴨氏・三島勢力と神武朝 を結ぶ系譜の現地拠点であり、阿波説の神武東征論(事代主の軍師的役割)と接続する。

6-3. 「三三島」結節点としての位置

伊予系(大山祇)と伊豆/阿波系(事代主)の 両系の祭神が揃う唯一の三島社 であることから、三島鴨神社は 三嶋大明神論争(大山祇 vs 事代主)の畿内側の核心 にあたる。阿波説は伊豆系(事代主)の阿波東遷を本筋とし、当社をその論証の一環に位置づける。

→ 三嶋大明神:事代主神か大山祇神か─伊豆・伊予の祭神論争と阿波、三嶋大明神と阿波:伊豆一宮の元宮としての事代主祭祀

6-4. 鴨川(安房)庤明神群との照応

先に整備した安房・鴨川の事代主祭祀群(天津神明宮=八重事代主神の海路渡来)と、当社の事代主(鴨神)は、事代主神が黒潮・瀬戸内の両方向へ展開した ことを示す。阿波を起点とする事代主祭祀の広域ネットワークの一翼。


7. 関連神社・関連氏族

三三島

事代主・鴨氏の展開

関連神格

  • 大山祇神(三島神) — 木花咲耶姫の父、和多志大神
  • 木花咲耶姫神 — 一説の配祀

8. 現地情報

  • 住所:大阪府高槻市三島江2-7-37
  • 旧鎮座地:淀川中洲「御島(川中島)」、慶長3年(1598)に現在地へ遷座
  • 例祭:10月20日
  • 近隣:溝咋神社(茨木市、三島溝咋耳一族)、鴨神社(高槻市赤大路町、式内社論社の対抗社)

9. 参照ブログ・Web資料

Web資料

  • 三島鴨神社 公式ページ
  • Wikipedia「三島鴨神社」
  • ものづくりとことだまの国「日本三大三島の一【三島鴨神社】オモテの由緒とウラの伝承」
  • 摂津三島からの古代史探訪「高槻の2つの三島鴨神社」

10. 史料

一次史料・国史

  • 『延喜式』神名帳(摂津国島下郡 三島鴨神社)
  • 『日本三代実録』元慶8年(884)条(摂津国三島神に従五位下)
  • 『伊予国風土記』逸文(御島の大山積神=和多志大神、遷祀伝承)

社伝・地誌

  • 『三島宮社記』『大三島記文』
  • 『摂津名所図会』(「三個の三島」)

11. 関連ノート(Vault内)

三島・三嶋論争

事代主・東遷論

阿波説総合


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 式内社「三島鴨神社」の比定は論社問題がある。高槻市三島江の本社のほか、高槻市赤大路町の鴨神社 も論社とされ、郡域からは後者を有力とする見解もある。
  • 遷祀伝承の起点「津の国の御島」を三島鴨神社とするのは定説だが、西宮神社(大国主西神社)等とする異説 もあり、その場合の祭神は「えびす神=大国主/事代主」となる。
  • 「百済からの勧請」は社伝で、史実としての検証は別途必要。「百済」を誤伝とする見方もある。
  • 「大山祇神=事代主神」の混同・習合は古代から指摘され、両神の本来の別/同は確定しない。
  • 「事代主=阿波の神」「鴨氏=阿波系」は阿波説的同定で、社伝は阿波起源を明記しない。
  • 木花咲耶姫神を祭神に含めるかは資料により異なる。
  • 本ノートの evidence_type は “shrine_origin”、confidence は 3。

※本稿は三嶋大明神:事代主神か大山祇神か─伊豆・伊予の祭神論争と阿波の畿内側の核心社として、また事代主命(エビス)の鴨氏による畿内展開という観点から位置付けられる。