矢野遺跡(やのいせき)
📌 概要
- 所在地: 徳島県徳島市国府町矢野(気延山の東麓、阿波史跡公園周辺)
- 年代: 縄文時代〜中世(特に弥生時代に最盛期)
- 指定: 国の重要文化財(出土品)
- 種別: 複合集落遺跡
📏 規模と特徴
西日本最大級の規模を誇る縄文〜弥生時代の巨大集落跡であり、古代阿波の「クニ」の中心地であったと考えられている。
- 弥生時代の集落: 100戸以上の竪穴住居跡が発見されており、徳島県内最大級。
- 鉄器生産の痕跡: 弥生時代の鍛冶遺構が見つかっており、高度な技術を持った集団が居住していた。
- 水銀朱の精製: 縄文時代から水銀朱(顔料)を精製するための道具が出土している。阿南市の若杉山辰砂採掘遺跡などから採掘された朱がここで加工されていた可能性がある。
⛏️ 主な出土品
- 矢野銅鐸(国指定重要文化財): 1992年に発見された突線袈裟襷文銅鐸(とっせんけさだすきもんどうたく)。木箱に納められた状態で出土するという全国的にも極めて珍しい事例であり、弥生時代の祭祀の実態を解明する上で第一級の資料。
- 土製仮面(縄文時代): 国内最古級の土偶・仮面。
🔍 学術的意義・阿波説における重要性
- 邪馬台国阿波説の最重要拠点 矢野遺跡の巨大な集落規模、青銅器(銅鐸)を用いた高度な祭祀、鉄器生産、そして朱の精製といった要素は、『魏志倭人伝』に描かれた邪馬台国の姿と重なる部分が多い。すぐ近くに「宮谷古墳(最古級前方後円墳)」や「八倉比売神社」が位置することから、この気延山一帯が邪馬台国の首都であったとする説の強力な考古学的基盤となっている。
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