御所神社

要旨

御所神社は、阿波市土成町・市場町・美馬郡周辺に点在する「御所」を冠する神社・地名群の一つで、承久の乱で配流された土御門上皇の行宮・終焉地伝承と、崇神天皇の祖父・大綜杵命を祀るとする説の両方が結び付けられている。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
御所神社の祭神・由緒由緒不詳の小社承久の乱で土佐に配流され後に阿波へ移された土御門上皇の行宮・終焉の地の伝承地。あるいは崇神天皇の祖父・大綜杵命を祀るとする説もある

2. 基本情報

項目内容
社名御所神社
所在地阿波市土成町・市場町周辺(美馬郡周辺にも「御所」地名が点在)
創建不詳
主祭神不詳(伝承では大綜杵命〈おおへきのみこと〉とする説あり)
配祀不詳
社格不詳
位置付け阿波国の式外社(関連社)

3. 祭神と社伝

阿波市土成町や市場町、美馬郡周辺には「御所(ごしょ)」の名を冠する神社や地名が点在しており、阿波が「高貴な人々の隠れ里」であった歴史を物語るとされる。

市場町の御所神社には大綜杵命(おおへきのみこと:崇神天皇の祖父)が祀られているとする説もあり、この一帯が初期天皇家の重要人物たちの活動拠点であったとする見方もある。


4. 歴史

承久の乱(1221年)で土佐に配流され、後に阿波へ移された土御門上皇。彼の行宮(あんぐう)跡や終焉の地として、この周辺の「御所」地名が結び付けられている。阿波の有力氏族(阿波忌部や三好氏の祖先など)が上皇を手厚く庇護した痕跡であるとされる。詳細は土御門上皇の阿波配流と終焉の地を参照。


5. 核心論点

「御所」の伝承は中世(土御門上皇)にとどまらず、崇神天皇の祖父・大綜杵命に関する古代の伝承にも及ぶとされる。両者の伝承がなぜ同一地域の「御所」の名の下に重なっているのかは明らかではない。


6. 阿波説における意義

阿波市周辺に「御所」を冠する神社・地名が集中している点は、阿波説において当地が中世・古代を通じて「高貴な人々の隠れ里」であったとする論拠の一つとされる。土御門上皇の配流・終焉伝承と崇神天皇祖父の祭祀伝承が同じ地域に併存している点が、阿波が古代から中世まで一貫して皇統・貴人と関わる土地であったとする見立てを補強する材料として扱われている。


7. 関連神社・関連氏族

関連ノート


9. 参照ブログ・Web資料

  • 2022-09-05_【阿波の古墳を行く!】四国最大級の前方後方墳がなぜここに造られた?「椎ケ丸古墳」(阿波市土成町) (本文中 “御所神社” ×9)
  • 2017-10-16-端山は母山の義なり(その壱) (本文中 “御所神社” ×3)
  • 2014-11-02-御所神社は土御門上皇を祀るのか?(御所神社)
  • 2011-11-06-もうひとつの土御門上皇伝説
  • 2012-03-25-土御門上皇終焉伝説地(土成町 御所神社)
  • 2017-12-31-異説:土御門上皇ご火葬場は国府町早淵にあったのか?!(上)
  • 2018-01-03-異説:土御門上皇ご火葬場は国府町早淵にあったのか?!(下)
  • 2017-03-10-吉野に存在した悪女と戎の城 (本文中 “土御門上皇” ×2)

11. 関連ノート(Vault内)


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 「御所神社」を称する神社は複数系統が知られ、忌部論社系と土御門行在所系など同名異社の可能性がある。本ノートが扱うのは frontmatter の persons(土御門上皇・崇神天皇)が示す系統である。
  • 土御門上皇が阿波の御所神社に祀られている、あるいは終焉の地であるとする説はブログ等の言及に基づく仮説(evidence_type: blog_hypothesis)であり、一次史料による裏付けは確認されていない。
  • 市場町の御所神社が崇神天皇の祖父・大綜杵命を祀るとする説も同様に伝承レベルの言及であり、史料的な裏付けは示されていない。
  • 本ノートのevidence_typeは “primary_source_based”、confidenceは4。