纒向遺跡と東阿波型土器の定量分析
要旨
初期ヤマト王権の拠点とされる奈良県纒向遺跡では、外来系土器のうち阿波・讃岐系(鮎喰川・吉野川下流域の型式=東阿波型土器)が初期に高い比率を占める。阿波説はこの出土比率を、阿波の民が技術と祭祀を携えて王権中枢の建設を主導した数値的エビデンスと解する。さらに阿波側の矢野遺跡等では前段階からの型式連続が層位的に追え、畿内へは「完成されたシステム」として土器が輸出されたとみて、土器のオリジナリティが阿波にあると主張する。出土事実は考古資料に基づくが、出土=政治的主導という含意は阿波説固有の解釈である。
初期ヤマト王権の都とされる奈良県纒向(まきむく)遺跡において、阿波の関与を示す物証とされるのが「東阿波型土器(阿波VI-1/2型)」の存在である。
1. 最古層における「阿波系」の圧倒的シェア
- 纒向遺跡の初期(庄内式以前)の遺構から出土する外来系土器のうち、約半数近く(時期によってはそれ以上)が阿波・讃岐系(特に鮎喰川・吉野川下流域の型式)で占められている。
- これは吉備系や東海系よりも早い段階で、阿波の土器が王権の中心部に「持ち込まれた」あるいは「現地で製作された」ことを示している。
2. 阿波における型式の連続性(オリジナリティ)
- 畿内における東阿波型土器は突如として出現するが、阿波(徳島県)の矢野遺跡や周辺遺跡では、その前段階の弥生土器からの変化が層位的に確認できる。
- つまり、畿内の土器は阿波から「完成されたシステム」として輸出されたものであり、そのオリジナリティは阿波にあることが編年的に確定できる。
3. 祭祀用土器(特殊器台・壺)の共通性
- 後の古墳文化に繋がる祭祀用土器の祖形も、阿波の在地形式と密接に関連しており、王権の「宗教的プロトコル」が阿波で形成されたことを裏付けている。
阿波説の解釈(仮説・確度は下記留保のとおり)
阿波説は、纒向初期における阿波・讃岐系土器の高い比率を、阿波の民が「技術と祭祀」を携えて入植し王権拠点の建設に関与したことを示す数値的手がかりと読む。ただし「建設の主導権」という因果・主体の解釈は出土比率そのものから一意に導かれるものではなく、次節の留保と併せて読む必要がある。
留保
注意
- 物証の範囲(確度が比較的高い部分): 纒向遺跡から阿波・讃岐系を含む各地の外来系土器が出土すること、初期に阿波・讃岐系の比率が高いことは発掘調査に基づく考古資料である(
evidence_type: archaeological_evidence)。- 通説の解釈: 学界では纒向の外来系土器は東海・山陰・吉備・阿波讃岐など広域からの搬入とみなされ、特定地域の「主導」を示すとは解されない。土器の搬入・製作は交易・婚姻・工人移動など多様な要因で生じ、出土比率がそのまま政治的支配の主体を示すわけではない、というのが標準的な留保である。本ノート冒頭の関連ノートもこの留保を明記している。
- 阿波説固有の飛躍: 「阿波の民が建設を主導した」「畿内土器は阿波からの完成輸出品」という結論は、出土事実から導かれる阿波説固有の解釈であり(
confidence: 3は物証の確かさを指し、政治的含意の確度はこれより低い)、定量比率そのものから一意に証明されるものではない。
関連ノート
- 東阿波型土器の拡散:瀬戸内海・近畿への伝播ルートと編年 — 纒向を到達点の一つとする、瀬戸内海・近畿への拡散ルートと編年の専門論考(出土=政治的支配ではないとの留保込み)
- 13_東阿波型土器 — 基礎情報(種別・特徴・分布中心)
- 阿波・畿内土器編年比較論 — 編年比較の総論ポータル
コメント
ログイン不要でコメントできます(お名前・メールは任意)。