忌部神社(いんべじんじゃ)

要旨

忌部神社は阿波国麻殖郡の式内社・名神大社。祭神は天日鷲命・天太玉命。延喜式では月次・新嘗の名神大祀として祀られ、神祇式の阿波国司祈雨神二座「大麻彦」「天日鷲」の一柱にあたる。元地は徳島県吉野川市山川町(山崎忌部神社)とされ、現在は徳島市二軒屋町の忌部神社が比定社となっている。『古語拾遺』には天日鷲命の孫が阿波に漂着し穀麻を植え、麻殖郡と命名した縁由が記される。明治期には山崎・貞光・富田浦の間で忌部神社本社の所在をめぐる遷座争論が政治問題化した。阿波忌部氏の総本社として、Vault内でも被リンクの多い中核ノート。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
忌部神社の本来の鎮座地明治の争論を経て徳島市二軒屋町の現社が式内社忌部神社の後継として公認された山川町忌部山(山崎忌部神社)を本来の鎮座地とする説が有力視され、高越山(種野山)大権現内を忌部本社とする異説も存在する
阿波と忌部氏の関係忌部氏は中央(大和・安房等)を本拠とする氏族で、阿波はその一支族の拠点の一つとされる阿波忌部を全国忌部氏の発祥地・本宗とし、『古語拾遺』の麻殖郡命名縁由を実証的根拠とする

2. 基本情報

項目内容
社名忌部神社
所在地徳島県徳島市二軒屋町(現在の比定社)/元地:徳島県吉野川市山川町忌部山(山崎忌部神社)
創建不詳(飛鳥時代比定)
主祭神天日鷲命
配祀天太玉命
延喜式表記忌部神社(名神大社)
社格名神大
位置付け阿波忌部氏の総本社。神祇式の阿波国司祈雨神二座「大麻彦」「天日鷲」の一柱

3. 祭神と社伝

  • 祭神は天日鷲命・天太玉命。
  • 『古語拾遺』は「天日鷲命の孫が阿波に漂着し穀麻を植え、麻殖郡と命名された」縁由を明記する。

4. 歴史

『阿波志』(藤原憲輯)における本社の記載:

延喜式に名神大祀として月次・新嘗ともに祀る。麻殖神あるいは王子権現とも称す。祭神は天日鷲命。神祇式の阿波国司祈雨神二座「大麻彦」「天日鷲」がこれである。山崎村忌部山上に所在、地中より長二尺二寸の剣・古鏡・祭器を掘り出した伝承を収録。続日本後紀嘉祥二年(849)従五位下から元慶七年(883)従四位下までの神階遷昇を記載。『古語拾遺』の「天日鷲命の孫が阿波に漂着し穀麻を植え、麻殖郡と命名された」縁由を明記。

→ 全文:阿波志 現代語訳(麻植郡 7-4 祠廟の節)

本社は『続日本後紀』に神名が見える**国史見在社(広義)**である(延喜式神名帳と六国史の双方に名が見える神社)。


5. 明治の遷座争論と忌部研究の各論

以下は忌部神社にまつわる歴史・伝承をテーマ別に整理した専門論考への動線である。

5-1. 主要論点(専門サブノート)

5-2. 関連社(麻殖郡内・忌部祭祀ユニット)

5-3. 関連祭神

5-4. 関連神社(板野郡側展開)

5-5. 関連理論ノート

awa-otoko-blog 関連考察

  • awa_otoko_01_氏族_忌部#2016-01-22-忌部本社の鎮座地はここだ!! (出典) — 神山町神領大粟宮氏子の口傳に基づく独自説。麻植郡と無関係な神領大粟宮の伝承で「忌部本社=高越山(種野山)大権現内 忌部神社」を主張。通説の中川民部・式部の評価を逆転し「忌部の古伝を守った人物」と再評価。明治の山崎vs貞光vs富田浦の忌部神社遷座争論を別角度から照射。
  • awa_otoko_01_氏族_忌部#2016-02-27-驚愕の事実_剱山大権現縁起(阿波弁Ver) (出典) — 明治12年の神山村三日月家(粟凡直一族 粟飯原氏)記録「剱山大権現縁起」の阿波弁訳。剱山周辺は天日鷲命の縄張りで木屋平は麻植郡の重要地、神武東征時に剱山を「天叢雲(村雲)の宝剣」見立てでスサノヲ尊を祀る、ヤマトタケル四国遠征、成務天皇の長田別命国司任命、阿波国を治めた歴代王。
  • awa_otoko_01_氏族_忌部#2018-04-15-高越寺の歴代住職達 (出典) — 高越寺第一世役小角〜第十二世宥盛までの歴代住職略歴。蔵王権現=剣山不動明王(スサノオ)+古の神々の集合体祭祀という解釈。中ノ郷板碑「権大僧都慶瞬」、大瀧山修験者との石投げ抗争伝承など。
  • awa_otoko_02_氏族_粟国造_大宜都比売#2017-08-08-土佐国一宮ト阿波國一宮ハ夫妻之御神ナル可シ。 (出典) — 粟國造家(粟飯原家)記録「粟國造 都佐國造ハ同祖粟凡直長直モ基本一系」「土佐國一宮(味鉏高彦根神)阿波國一宮(八倉比売=天津羽羽神)ハ夫妻之御神也」。阿波・土佐の同祖論。

goutara-blog(ぐーたら気延日記)関連考察

  • goutara_04_氏族_忌部#2010-04-04-天日鷲命の御陵は麻植塚にあった? (出典) — 忌部祖神 天日鷲命の御陵が麻植塚(吉野川市麻植塚)にある可能性を提示
  • goutara_04_氏族_忌部#2010-11-16-乃良根公大佐殿、報告です (出典) — ぐーたら氏から野良根公氏(阿波古代史研究エース)への忌部神社関連報告。忌部研究者ネットワークの実態。

6. 阿波説における意義

6-1. 阿波国家祭祀における位置

『阿波志』の記す神祇式「阿波国司祈雨神二座(大麻彦・天日鷲)」の一柱であり、続日本後紀嘉祥二年(849)〜元慶七年(883)の神階遷昇を記録される国史見在社でもある。『古語拾遺』の麻殖郡命名縁由と合わせ、阿波忌部氏の祭祀拠点として国家的な位置づけを持っていたことを示す。

6-2. 本社所在地をめぐる異説

明治期の山崎・貞光・富田浦の遷座争論に加え、awa-otoko-blogの神領大粟宮口傳に基づく「忌部本社=高越山(種野山)大権現内」説など、本来の鎮座地については阿波説内部でも複数の見解が併存する(詳細は上記「5. 明治の遷座争論と忌部研究の各論」参照)。


7. 関連神社・関連氏族


9. 参照ブログ・Web資料

外部参考

参照資料・関連ブログ

  • 『倭国創生と阿波忌部』購入しました (awanonoraneko 2010-07-31)

参照資料(ブログ・Web自動)

  • 2014-11-27-忌部の神宝(山崎_忌部神社)
  • 2018-04-01-山崎忌部神社はどこから分祀されたのか⁈
  • 2010-09-17-忌部神社遷座考(1)
  • 2010-09-20-忌部神社遷座考(2)
  • 2010-09-22-忌部神社遷座考(2)の訂正
  • 2010-09-26-忌部神社遷座考(3)
  • 2010-09-29-忌部神社遷座考(4)
  • 2010-10-01-忌部神社遷座考(5)
  • 2010-10-03-忌部神社遷座考(6)
  • 2010-10-05-忌部神社遷座考(おまけ)
  • 2014-10-18-忌部神社遷座考(追記)
  • 山崎忌部神社
  • 阿波忌部神社 山川の山崎と貞光の端山の所在地をめぐる争論が政治問題化した 瀬戸の島から

参照資料(ブログ・Web本文マッチ)

  • 2017-03-20-麻植の系譜(2) (本文中 “忌部神社” ×4)

参照資料(ブログ・Web本文マッチ 拡張)

  • 魏志倭人伝 考察 III ③ (本文中 “忌部神社” ×2)

11. 関連ノート(Vault内)


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 本社の本来の鎮座地については、山崎・貞光・富田浦の間で明治期に遷座争論があり、通説上も確定していない。
  • awa-otoko-blogが伝える「忌部本社=高越山(種野山)大権現内」説は、神山町神領大粟宮氏子の口傳に基づく独自説であり、麻植郡の地誌的文脈とは別系統の伝承である。
  • frontmatterの所在地(吉野川市山川町忌部山)と本文中の現在比定社の所在地(徳島市二軒屋町)は異なる記載であり、元地と現社地の別を反映したものとして、統一せずそのまま併記する。
  • 本ノートのevidence_typeは “primary_source_based”、confidenceは4。

※本稿は阿波忌部氏の総本社としての忌部神社について、既存の由緒・伝承リンクを新構造に再配置したものである。