気延山古墳群(きのべやまこふんぐん)

📌 概要

  • 所在地: 徳島県徳島市国府町〜名西郡石井町(気延山一帯)
  • 年代: 弥生時代末期〜古墳時代終末期(3世紀〜7世紀)
  • 種別: 群集墳(前方後円墳、円墳など)

📏 規模と構造

気延山(標高約212m)の丘陵全体に、200基以上の古墳が密集する巨大な古墳群。 阿波の古代首長層が代々にわたってこの山を聖地・墓所としていたことを示している。

主要な構成古墳

  1. 08_宮谷古墳(詳細版: 宮谷古墳:徳島県最古級の前方後円墳と三角縁神獣鏡)
    • 3世紀末〜4世紀初頭の徳島県最古級の前方後円墳。大和王権との結びつきを示す「三角縁神獣鏡」が徳島県内で唯一出土している。
  2. 矢野の古墳(県指定史跡)(詳細版: 矢野古墳:阿波国府成立前夜の首長墓と北部九州系石室)
    • 7世紀(古墳時代終末期)の円墳。北部九州で流行した「複室構造」の横穴式石室を持ち、瀬戸内海を通じた西日本との広域な交流を示している。
  3. 奥谷1号墳(詳細版: 奥谷1号墳:徳島県唯一の前方後方墳と狗奴国系墓制の論点)
    • 4世紀後半頃と推定される、徳島県内で唯一確認されている前方後方墳。全長約50m。前方後円墳が卓越する気延山古墳群の中の例外的存在。
  4. 山ノ神古墳(石井町)
    • 4世紀後半の前方後円墳。全長約56mで県内第3位の規模。
  5. ひびき岩古墳群(石井町)
    • 6世紀末の群集墳。須恵器や馬具、豊富な玉類が出土。

🔍 学術的意義・阿波説における重要性

  • 阿波の王たちの系譜 弥生時代の巨大集落である「矢野遺跡」を見下ろす位置にあり、最古級の前方後円墳(宮谷古墳)から終末期の古墳までが途切れることなく築かれ続けている。これは、この地が数百年にわたり阿波の中枢であったことを証明しており、ヤマト王権の成立期から阿波勢力が極めて重要な地位を占めていたことを示す「古代阿波の王家の谷」とも呼べる遺跡群である。

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