薬王子神社(やくしじじんじゃ)

要旨

阿波市土成町浦池に鎮座する式外社。別名「奇玉神社(くすたまじんじゃ)」、古くは「薬王子権現・薬王権現」、池の西にあることから「西の宮」とも呼ばれる。承和年間(9世紀)、阿波国司として赴任した山田古嗣(ふるつぐ)が浦ノ池(浦池)を築いた際に祝祭したと伝える。祭神は徳島県神社誌が大己貴命、土成町史が大己貴命・少彦名命。少彦名命が医薬の神であることから神仏習合期に「薬王子」とされ、日和佐の四国二十三番札所・薬王寺の元社(奥の院)であるとの伝承を持つ。阿波説ブログでは、awa-otoko が「薬王子大権現=少名比古那命の神陵遥拝所」とし、goutara が社名「奇玉=奇魂(くしみたま)」から本来の祭神を「大物主」と想定するなど、医療神・元宮・倭の神坐す地をめぐる論点が展開される。


1. 命題の構造

観点文献・通説阿波説ブログの読み
祭神大己貴命(徳島県神社誌)/大己貴命・少彦名命(土成町史)本来は「大物主」(goutara:奇玉=奇魂=幸魂奇魂より)/薬王子大権現の本名は「少名比古那命」(awa-otoko)
「薬王子」の由来不明確少彦名命が医薬神 → 神仏習合で薬王子権現 → 日和佐「薬王寺」へ(goutara)
薬王寺との関係通説では関連薄い薬王寺の元社・奥の院、御神体を日和佐へ移したとの伝(両ブログ)
社名「奇玉」明治元年の改称「奇玉(くすたま)」=「奇魂(くしみたま)」(goutara)

2. 基本情報

項目内容
社名薬王子神社
別名奇玉神社(くすたまじんじゃ)/薬王子権現・薬王権現/西の宮・西宮明神
所在地阿波市土成町浦池字西宮64
創建承和年間(834-847)、伝承では浦ノ池築造時に祝祭
主祭神大己貴命(徳島県神社誌)/大己貴命・少彦名命(土成町史)
社格式外社
現社殿嘉永元年(1847)
位置付け浦ノ池の氏神、池の守護神

3. 祭神と社伝

文献に記された御祭神は次のとおり(goutara・awa-otoko が引用する文献より)。

  • 徳島県神社誌:大己貴(おほなむち)命
  • 土成町史:大己貴命・少彦名命

由緒(徳島県神社誌)には「承和年間(834-847)山田阿波介古嗣(ふるつぐ)が、浦ノ池を築く際に祝祭したと言い伝えている。一名薬王権現とも云い疫病流行の際、祈願して、霊験あらたかであったとも云う。又、池の守護神とも尊崇し、大池の西にあるので『西の宮』とも呼んでいる」とある。

阿波学会研究紀要は「浦ノ池の氏神で『西の宮』とも呼ばれる。神社の起源は古く、伝承によると、承和(9世紀)の昔、阿波の国司としてやってきた山田古嗣が、浦ノ池を築いた時に祝祭した。この神は疫病流行の時祈願すると効験あらたかで、『薬王権現』と称されていた」と記す。


4. 歴史

社名は変遷をたどっている(阿波学会研究紀要・土成村史の引用による)。

  • 薬王子権現・薬王権現:神仏習合期の呼称。
  • 明治元年:「奇玉(くすたま)神社」と改称。
  • 明治100年:「薬王子神社」と改めた。

現在の社殿は嘉永元年(1847)のもので、古い棟札が残されるという。大正十年の土成村史では「奇玉神社(くすだまじんじゃ)」と呼ばれ、それ以前は「薬王子権現」であったことが読めるとされる(goutara)。

浦ノ池を築いた**山田阿波介古嗣(宿禰古嗣)**は、阿波国司として赴任し灌漑対策として浦池を築造したと伝わる。『日本文徳天皇実録』には「阿波美馬両郡、常に旱災に罹る。古嗣殊に方略を廻らし、陂を築き水を蓄へ其の灌漑に頼る」とあり、灌漑事業が史料上の初出とされる(goutara)。


5. 医療神・薬王寺との関係

土成町史が記す祭神の一柱「少彦名命」は医薬の神とされ、神仏習合の際に「薬王子」とされ「薬王子権現」と呼ばれた、と goutara は読む。「薬王子」とは薬の王を指す(awa-otoko)。

薬王権現は日和佐の薬王寺(四国八十八箇所霊場第二十三番札所)の元となった神社であり、こちらでは厄除けを「やらない」ので御神体を日和佐へ持っていった、という伝承が両ブログに引かれる。土成村史「浦池」の項には「薬王寺の奥の院の称ある薬王権現(奇魂神社または西宮明神ともいう)の祠」とあり、薬王寺の奥の院であったとする。

薬王寺の寺伝は神亀3年(726)聖武天皇の勅願により行基が創建、弘仁6年(815)空海が薬師如来を彫り再興したとされ、薬王子神社の承和年間(834-847)祝祭の伝とは年代が合わないとも指摘されるが、goutara は「祝祭」以前から社があった可能性を留保する。


6. 阿波説における意義

阿波説ブログでは、本社をめぐって互いに異なる二つの祭神比定が提示されている。両者は混同せず併記する。

6-1. goutara:本来の祭神は「大物主」説

社名「奇玉(くすたま)」を「奇魂(くしみたま)」と解し、御祭神が大国主神(大己貴命)と少彦名神であることから、大国主の幸魂奇魂である「大物主」が当社の「本当の」祭神ではないか、と想定する。根拠として古事記・大国主の段の「吾をば倭の青垣の東の山の上に伊都岐奉れ。此は御諸山の上に坐す神なり」を引き、大物主信仰へつなげる。この「奇玉=奇魂」説は土成町の「総合学術調査報告」内「土成町における神社の変遷の概要」にも記載があるとする。

6-2. awa-otoko:薬王子大権現=少名比古那命の神陵遥拝所説

awa-otoko は、倭大国魂神社が祀られる美馬地方の東、御所村の御所山に「薬王子大権現」が祀られるとし、「倭の青垣の東の山=倭大国魂神社の美馬地方」「御諸山=土成町の樫原神社真裏の御所山(御諸は御所に通じる)」と読む。そのうえで薬王子大権現の本来の名を「少名比古那命」とし、現在の薬王子神社は少名比古那命の神陵の遥拝所であると論じる。少名比古那命は医薬・温泉・禁厭・酒造などの神で、医療神のイメージが強いとする。

6-3. 九王野神社との同一神説(未確定)

awa-otoko は、神陵跡を疱瘡に御利益がある「九王野神社」に求め、九王野神社と薬王子神社は同じ神を祀ると考えて間違いないとする。ただし九王野神社の祭神の神名は不明とされ、この同一神・神陵跡説は推測の域を出ない。


7. 関連神社・関連神格

関連神格

関連神社

  • 倭大国魂神社(美馬地方、awa-otoko の「倭の青垣の東の山」比定の起点)
  • 大御和神社(goutara が奇玉神社からの遷座説に言及)
  • 水主神社(讃岐、goutara が大物主関連で次に検討する社)
  • 九王野神社(神陵跡説。Vault内に専門ノート未作成のため本文言及のみ)
  • 薬王寺(日和佐、四国二十三番札所。Vault内に専門ノート未作成のため本文言及のみ)

8. 現地情報

項目内容
住所阿波市土成町浦池字西宮64
座標34.120119, 134.317303
祭事10月の祭礼(厄除けで参拝客が多いとされる)

9. 参照ブログ・Web資料

awa-otoko系

  • 2014-12-05-薬王子大権現は古の医療の神(薬王子神社) (出典)
  • 2017-12-23-徳島県誌略に記されし阿波國を統率した者 (出典)
  • 2015-02-03-阿波から奈良へ(大御和神社) (出典)
  • 2015-01-05-阿波発心の道場に隠された秘密 (出典)
  • 2014-09-27-九王野明神(九王野神社) (出典)

goutara系

  • 2014-04-27-阿波市土成町 薬王子神社(奇玉神社) (出典)
  • 2018-03-11-倭の神坐す地(1) (出典)
  • 2018-04-30-倭の神坐す地(2) (出典)
  • 2018-05-13-倭の神坐す地(4) (出典)

その他


10. 史料

一次史料・準一次史料(ブログ引用による)

  • 『古事記』神代巻・大国主の段
  • 『日本文徳天皇実録』(山田宿禰古嗣の記事)

神社縁起・地誌

  • 徳島県神社誌
  • 土成町史・土成村史(大正十年)
  • 阿波学会研究紀要
  • 土成町「総合学術調査報告」内「土成町における神社の変遷の概要」

11. 関連ノート(Vault内)

阿波国式内社の総覧

関連神格・系譜


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 本ノートの記述は阿波説ブログ(awa-otoko・goutara)が引用する文献に依拠する。原典(徳島県神社誌・土成町史・阿波学会研究紀要等)への直接確認は別途必要であり、evidence_type は “blog_hypothesis”、confidence は 2。
  • 文献上の祭神は大己貴命(徳島県神社誌)/大己貴命・少彦名命(土成町史)。frontmatter の saijin/deities はこの文献記載に基づく。
  • 「本来の祭神は大物主」(goutara)と「薬王子大権現=少名比古那命の神陵遥拝所」(awa-otoko)は、互いに異なる二つのブログ解釈であり、文献的に確定したものではない。
  • 「奇玉=奇魂(くしみたま)」の語源比定、「御諸山=御所山」の地名比定はいずれも阿波説的解釈。
  • 九王野神社を少名比古那命の神陵跡とし薬王子神社と同一神とする説は、九王野神社の祭神が不明とされるため推測の域を出ない。
  • 薬王寺(日和佐)の元社・奥の院とする伝承は社伝・地誌レベルの伝で、薬王寺寺伝の創建年代(神亀3年=726)とは整合しない部分がある。

※本稿は阿波国の式内社一覧の関連社(式外社)として、医療神・奇玉神社異名・薬王寺元社伝承・「倭の神坐す地」論という観点から位置付けられる。