腰之宮神社
要旨
徳島県名西郡神山町神領字大埜地に鎮座する式外社。『徳島県神社誌』では「葛倉神社」とも呼ばれ、主祭神は葛倉神・事代主命とされる。葛倉神は、大宜都比売命が伊勢国丹生の郷から大粟山へ移った際の伴神と伝わる。本ノートは goutara ブログ記事(2011-10-23)のVault内アーカイブに主に依拠しており、語源説等の考察はブログ筆者の私見として一次史料とは区別して読まれたい(
evidence_type: blog_hypothesis)。
1. 命題の構造
| 観点 | 通説 | 阿波説 |
|---|---|---|
| 主祭神 | 『徳島県神社誌』の記載は葛倉神・事代主命 | ブログ筆者は大宜都比売命の伴神としての葛倉神という位置づけに注目 |
| 「葛倉神」の性格 | 『大日本神名辞書』には見当たらない神名 | ブログ筆者は「葛」=「九頭」と読み替え、九頭竜→戎→事代主という連想を示す(私見) |
| 社名「腰之宮」の語源 | 未確定 | ブログ筆者が一度「輿の宮」語源説を提示したが、同記事内で自ら撤回している |
2. 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | 腰之宮神社(別名:葛倉神社) |
| 所在地 | 徳島県名西郡神山町神領字大埜地(神領公民館の裏、神山町民総合グラウンド隣、鮎喰川沿い) |
| 創建 | 「神代」とのみ伝わる(不詳) |
| 主祭神 | 葛倉神・事代主命(『徳島県神社誌』の記載による) |
| 配祀 | 不詳 |
| 社格 | 式外社 |
| 位置付け | 阿波国一宮・上一宮大粟神社の主祭神である大宜都比売命の伴神「葛倉神」を祀る社。事代主命に因み「えびす祭り」が行われる。 |
3. 祭神と社伝
『徳島県神社誌』は主祭神を葛倉神・事代主命とする(ブログ記事の引用による)。
- 葛倉神:由緒によれば、大宜都比売命が伊勢より大粟山へ移られたときの伴神とされる。創立は「神代」とのみ伝わる。「葛倉神」という神名は『大日本神名辞書』には見当たらない、とブログ筆者は付言している。
- 事代主命:この祭神に因み「えびす祭り」が行われてきた(記事執筆時点。2009年には神山町の記録にえびす祭りの掲載あり)。
なお当ノートの旧記述および frontmatter の deities には 大宜都比売 を主祭神として掲げていたが、アーカイブ記事が引く神社誌の主祭神は上記の葛倉神・事代主命である(詳細は「12. 留保」参照)。
境内には神山町の名木に指定された巨大な杉があり、「神代」創立という伝承にふさわしいとブログ筆者は記す。
4. 歴史
神山町には阿波国一宮とされる**上一宮大粟神社があり、その主祭神が大宜都比売命。社伝では大宜都比売神が伊勢国丹生の郷から馬に乗って**阿波国へ来て、この地に粟を広めたと伝える。腰之宮神社(葛倉神社)の主祭神「葛倉神」は、その大宜都比売命が伊勢から大粟山へ移った際の伴神と位置づけられる。
6. 阿波説における意義
以下はいずれもブログ筆者の私見・連想であり、確立した説ではない。
6-1. 「葛」=「九頭」説
ブログ筆者は「葛」を「九頭」と読み替える説に触れ、伴神「九頭竜」を介して、太龍寺縁起にいう「和修吉(九頭竜)」→「戎」→「事代主」という連想を示している。事代主命を祀ること(えびす祭り)と整合的だが、あくまで筆者の推論。
6-2. 「腰之宮」=「輿の宮」語源説(筆者自ら撤回)
ブログ筆者は、社名「腰之宮」を大宜都比売命を乗せて来た**「輿の宮」の転と読む語源説を一度提示している。ただし同じ記事の中で筆者自身がこれを否定**しており、「大宜都比売命は馬でやって来て『お馬石』も残っているので違う」と結論している。語源説として独り歩きさせないよう留意。
7. 関連神社・関連氏族
- 大宜都比売命(オオゲツヒメ) — 神山の主祭神。葛倉神はその伴神とされる。
- 上一宮大粟神社 — 神山町の阿波国一宮。大宜都比売命を主祭神とする。
- 事代主命(エビス) — 腰之宮(葛倉神社)のもう一柱の主祭神。えびす祭りの由来。
- 太龍寺縁起 — 「九頭竜(和修吉)」連想の参照先(ブログ筆者の考察)。
- 大宜都比売命の阿波鎮座と八伴神の地理:御馬石・神領・神山降臨ルート — 御馬石・神領周辺の地理的文脈(別途の阿波説研究)。
9. 参照ブログ・Web資料
- 2011-10-23-神山町 腰之宮神社 (出典)
11. 関連ノート(Vault内)
12. 留保(中立的併記)
注意
- 本ノートの本文はほぼ goutara ブログ記事一篇(2011-10-23)に依拠する。大宜都比売命が伊勢から馬で来た/粟を広めた等の伝承は阿波説の社伝・解釈であり、記紀等の一次史料と同列には扱えない。
- 当ノートの旧記述にあった「大宜都比売命がこの地に降臨し腰を掛けて休んだ」「八柱の随神を率いた」という腰掛け降臨伝承は、本アーカイブ記事には見当たらない。出典が別資料(神社誌の異なる箇所等)か否かは未確認のため、ここでは事実断定せず保留する(要出典確認)。
- 「葛倉神」「九頭竜」連想、「輿の宮」語源説はいずれもブログ筆者の私見であり、後者は筆者自身が撤回している。
- frontmatter の
deitiesは大宜都比売を掲げるが、アーカイブ記事が引く『徳島県神社誌』の主祭神は葛倉神・事代主命であり、大宜都比売命はその伴神という位置づけである点に注意(本文「3. 祭神と社伝」参照)。- 本ノートの evidence_type は “blog_hypothesis”、confidence は 2。
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