1. 律令制以前からの世襲統治

要旨

阿波説は、律令制導入以前の阿波国を、日本武尊の皇子・息長田別王子を祖とする**阿波君(あわのきみ)**一族が世襲で統治した特殊な地域とみなす。斉明朝の新羅征討に参戦したと伝わる阿波真人広純を息長田別王子の後裔とし、徳島市国府町周辺の「海部城(あまき)」を代々の拠点と解する。中央から派遣される国司制以前の在地世襲統治を強調することで、阿波の本国性・独立性を裏づけようとする論である。系譜と地名は伝承・後世史料に依拠する部分が大きい。

阿波国は、大化の改新による律令制導入以前から、日本武尊の皇子・**息長田別王子(おきながたわけのみこ)を祖とする阿波君(あわのきみ)**一族が世々統治者を務めていた特殊な地域である、と阿波説は説く。

  • 阿波真人広純: 斉明天皇7年(661年)の新羅征討に500の軍勢を率いて参戦したと伝わる。阿波説は彼を息長田別王子の後裔とし、この時期まで世襲で統治の任にあったとみる。
  • 海部城(あまき): 「阿波国徴古雑抄」によれば、(息長)田別王子より代々の城であったとされ、現在の徳島市国府町周辺にその拠点があったとされる。

阿波説では、こうした在地世襲の統治形態を、中央集権的な律令国司制に先立つ「本国としての自立性」の名残と位置づける。


留保

注意

  • 史料の性格: 拠り所とされる「阿波国徴古雑抄」は近世の地誌・史料集成であり、記載内容がそのまま古代の事実を保証するものではない。息長田別王子から阿波君への世襲という系譜接続は、伝承・後世史料に基づく再構成の要素が大きい。
  • 阿波説固有の解釈: 「律令制以前からの世襲統治=阿波の本国性」という含意は阿波説の枠組み(evidence_type: primary_source_based / blog_hypothesis / confidence: 2)であり、通説の古代史像とは異なる。
  • 阿波真人広純や阿波君の存在・系譜には不確かな点が残るため、固有名詞・年代の細部は確証の範囲を超えて断定しないこと。

※本稿は阿波国司の系譜と統治実態から詳細化・分割された専門論考である。