阿波神社(伊賀・下阿波)
要旨
伊賀国 山田郡(現・三重県伊賀市下阿波)に鎮座する 式内小社。社名「阿波(あは)」は鎮座地・伊賀市「下阿波」の地名に対応する。『日本三代実録』に「伊賀国 阿波神」への神階授与(貞観三年〔861〕従五位下、同十五年〔873〕従五位上)が見え、『延喜式』神名帳に「伊賀国 山田郡 阿波神社」として載る、国史見在の古社である。中古は阿波大明神・杉尾白髭大明神と称した。現在の主祭神は稚日女尊・猿田毘古神とされるが、『神社覈録』は祭神を神功皇后とするなど史料間で異同があり、本来の祭神は確定しない。社名「阿波」が伊賀(地名ペア「下阿波」)と阿波国を音の上で結ぶ点 が阿波説の関心事だが、本ノートはこれを 地名相同の指摘(偶合の指摘) にとどめ、両地の因果は主張しない。
1. 命題の構造
| 観点 | 通説 | 阿波説(仮説) |
|---|---|---|
| 社名「阿波」 | 鎮座地「(下)阿波」の地名にちなむ。「阿波は假字也」(『神社覈録』) | 伊賀「下阿波」と阿波国の地名が音の上で一致する点に着目(あくまで相同の指摘) |
| 鎮座地「下阿波」 | 伊賀国山田郡の在地地名 | 伊賀市内の「阿波」を含む地名(敢国神社ノートの「下阿波」論点と同一の地名群) |
| 祭神 | 現・稚日女尊/猿田毘古神。『神社覈録』は神功皇后。史料間で異同 | 祭神からの阿波接続は史料が分かれるため主張しない |
| 神階 | 『三代実録』に「伊賀国 阿波神」への授位(国史見在社) | 同左(神階授与の事実そのものは通説どおり) |
→ 対立点は祭神や神階にはなく、「社名・地名『阿波』の伊賀⇔阿波の音の一致を、地名相同の指摘以上のものと読むかどうか」 にある。本ノートは相同の指摘にとどめる。
2. 一次史料
確認できた範囲の記述は以下のとおり。祭神には史料間で異同があり、不確かなものは「とされる」と明示する。
| 史料 | 確認できる記述(要点) |
|---|---|
| 『延喜式』神名帳(927年) | 「伊賀国 山田郡 阿波神社(あはのかみのやしろ)」。式内小社 |
| 『日本三代実録』 | 貞観三年(861)四月十日甲寅、伊賀国 正六位上 阿波神 に従五位下を授ける。同十五年(873)九月己丑、阿波神を従五位上に進める。国史見在社 |
| 『神社覈録』(1870) | 「阿波は假字也」。祭神を 神功皇后 とし、下阿波村に在すと記す。「残編風土記云、阿拝郡阿波山……有神號ニ阿波大明神、所祭神功皇后也」。「類社」に大和国添上郡 率川阿波神社を挙げる |
| 『神祇志料』(1876) | 「昔 粟郷 河南里に在りしを、今 下阿波村に移祭る」。遷座の伝を記す |
| 現地案内・社伝 | 現在の主祭神は稚日女尊・猿田毘古神とされ、ほか火産霊命・建速須佐之男命など合祀十九柱。中古は阿波大明神・杉尾白髭大明神と称した |
祭神と郡について
(1)祭神は史料間で異同がある。現社伝は稚日女尊・猿田毘古神を主祭神とするが、『神社覈録』は神功皇后とする。本来の祭神は確定できないため、frontmatter には現社伝の稚日女尊・猿田毘古神をプレーン文字列で記したうえで、神功皇后説を本表に併記する。 (2)延喜式の郡は山田郡である。『神社覈録』が引く「残編風土記」の「阿拝郡阿波山」は阿波山という地点を述べた古い地理的記述で、『延喜式』神名帳が当社を載せる郡(山田郡)とは別である。frontmatter の旧郡は山田郡とした。
3. 阿波説解読(仮説)
以下は地名「阿波」の音の一致についての指摘であり、伊賀と阿波国を直接結ぶ文献的連結を示すものではない
当社の社名「阿波」は鎮座地・伊賀市「下阿波」の地名に由来する在地の社名であり、それ自体は通説どおりである。阿波説が着目するのは、その地名「阿波」が阿波国の国名と 音の上で一致する 点にとどまる。
3-1. 伊賀「下阿波」と阿波国の地名相同
伊賀市内には「下阿波(しもあわ)」をはじめ「阿波」を含む地名が伝わり、当社はその地名を冠する式内社である。阿波説はこれを、伊賀と阿波の 地名対応(地名ペア)の一事例 として位置づけうるとみる。同じ論点は同国の 敢国神社 ノート(伊賀市の「下阿波」地名対応)でも触れられている。
仮説(偶合の指摘にとどめる)
「下阿波」と阿波国の一致は地名・音の相同の指摘にとどまり、伊賀と阿波を直接結ぶ物的・文献的証拠を提示するものではない。「阿波」を含む地名・「阿波神社」を名のる式内社は全国に分布する(伊豆国賀茂郡・大和国添上郡 率川阿波神社など。『神社覈録』も率川阿波神社を「類社」に挙げる)。したがって伊賀の阿波神社をもって阿波国との因果を導くことはできない。confidence 2。
4. 関連ノート
- 敢国神社 — 同じ伊賀国の式内大社・伊賀国一宮。同ノートが伊賀市「下阿波」の地名対応に触れる
- 陽夫多神社 — 同じ伊賀国の式内社(阿拝郡)。伊賀国造 多賀連の創建伝承を伝える
- 伊賀国造:天日別命の後裔と多賀連 — 伊賀国造と阿波接続の論考
- 阿波説の根幹 — 阿波説の総論
- 阿波説ポータル — 阿波説の総合ポータル
留保
地名「阿波」の一致は相同の指摘にとどまり、伊賀と阿波国の因果を示すものではない
- 社名「阿波」は在地地名由来:当社の「阿波」は鎮座地「下阿波」の地名に由来する在地の社名であり、それ自体は通説どおりである。「阿波」を含む地名・阿波神社を名のる式内社は全国に分布する(伊豆・大和ほか)。
- 地名相同は因果ではない:伊賀「下阿波」と阿波国の地名の一致は、音・地名の相同の指摘にとどまる。両地を直接結ぶ物的・文献的証拠は本ノートでは確認していない。confidence 2。
- 祭神は確定しない:現社伝(稚日女尊・猿田毘古神)と『神社覈録』(神功皇后)で祭神が分かれ、本来の祭神は確定できない。いずれの祭神からも阿波接続は主張しない。
- 延喜式の郡は山田郡:『神社覈録』の引く「阿拝郡阿波山」は古い地理的記述であって、『延喜式』が当社を載せる郡(山田郡)とは別である。
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