伊甚神社(いじむじんじゃ)

要旨

伊甚神社(いじむじんじゃ)は出雲国出雲郡(現・島根県松江市宍道町伊志見)に鎮座する延喜式内社(小社)。通称 三社大明神。主祭神は 大歳神・稲倉魂命・武御名方命 の三柱。『出雲国風土記』(天平5年=733年)に 「伊自美社」、『延喜式』神名帳に 「伊甚神社」 と載る古社で、創建主体は在地の 伊志見(伊甚)国造 と伝わる。中世以降は 杵築大社(出雲大社)領 の12郷の一つ伊志見郷に祀られ、阿須伎神社 と緊密な関係を持った。地名「伊志見(伊甚)=イジミ」が 上総・常陸の「夷隅(イスミ)」 へ移住・展開したとする地名移動説(澤田文夫 2005)があり、本社はその出雲側の核とされる。


1. 命題の構造

観点通説阿波説/関連説
主祭神大歳神・稲倉魂命・武御名方命(三社大明神)武御名方命=国譲りに抗した神。阿波説の諏訪元宮論(多祁御奈刀祢神社)・出雲国譲りの阿波比定と接続しうる
社名「伊甚(伊志見)」在地地名・伊甚国造に由来出雲国伊志見(伊甚)→上総・常陸「夷隅(イスミ)」への 地名移動説(澤田 2005)の出雲側の核
創建伊志見(伊甚)国造による奈良時代以前の創建(地誌『宍道町史』・社伝による。一次史料の直接の典拠はない)同左

※阿波説・地名移動説の欄は後述の論拠・留保で示す解釈であり、比定は未確定。


2. 基本情報

項目内容
社名伊甚神社(いじむじんじゃ)
通称三社大明神
所在地島根県松江市宍道町伊志見188
創建天平5年(733)以前(推定・和銅年間710頃か)
主祭神大歳神・稲倉魂命・武御名方命
境内合祀美濃神社
延喜式表記出雲国出雲郡「伊甚神社」小・一座
風土記表記『出雲国風土記』「伊自美社」
社格式内社(小)、郷社・村社
創建主体伊志見(伊甚)国造

3. 祭神と社伝

項目内容
主祭神大歳神(おおとしのかみ)/稲倉魂命(うがのみたまのみこと)/武御名方命(たけみなかたのみこと)
通称三社大明神(三柱を祀ることに由来)
境内合祀美濃神社
  • 大歳神・稲倉魂命 は穀物・稲の神で、農耕祭祀の性格を示す。武御名方命 は『古事記』国譲り神話で大国主の御子として登場し、諏訪へ展開した神。
  • 創建は『出雲国風土記』編纂(733年)以前にさかのぼり、創建・造営の主体は在地の 伊志見(伊甚)国造 とされる(宍道町史)。

4. 歴史

  • 奈良時代以前:伊志見(伊甚)国造による創建(推定・和銅年間710頃か)。
  • 天平5年(733):『出雲国風土記』に「伊自美社」として記載。
  • 延喜式神名帳(927年):出雲国出雲郡「伊甚神社(小)」一座。
  • 鎌倉期以降:伊志見郷は出雲杵築大社(出雲大社)領の12郷の一つとなる。承久の乱(1221)後も杵築大社領として記録され、康元元年(1256)の『出雲大社文書』に「伊志見村」が見える。
  • 中世:杵築大社の摂社系として、阿須伎神社(出雲郡・遙堪郷)と緊密な関係を持つ。伊甚神社遷宮の際の建材は杵築大社・阿須伎神社の再利用材が多かったと伝わる。
  • 近世(江戸期):現在地(伊志見谷中央の丘陵上)へ移転。元宮は現在地より南約700mの平坦地と伝わる。
  • 昭和34年(1959)・平成26年(2014):遷宮。2014年は55年ぶりの式年遷宮(奉賛事業)。

5. 伊甚(伊志見)国造と上総・常陸への地名移動説

  • 本社の創建主体とされる 伊志見(伊甚)国造 について、「伊甚神社記」は現在の神社より南約100mの地点に「伊志見国造」の 政所(万所) があり、この豪族勢力がのちに 上総(千葉県)へ移った という伝承を伝えるとされる。
  • 近畿民俗学会会員 澤田文夫 は「出雲、上総、常陸のイジミ地名考」(2005年)で、出雲国伊志見(伊甚)から上総・常陸へ移住した人々を論じ、移住の時期を 7〜10世紀頃 と推定する。地名「イジミ(イスミ)」のほか「カリヤ(免)」等の共通地名、神社信仰の共通性から推論する。
  • 関連して、上総(千葉県)の夷隅(イスミ、現・いすみ市〜夷隅郡) は古代出雲国伊志見(伊甚)からやってきた人々によって開拓・建国されたとする説(在地研究者)もある(※夷隅は上総国=千葉県。常陸国=茨城県とは別。澤田論文も出雲・上総・常陸を分けて扱う)。

移動の方向に注意

この説は「出雲(伊志見・伊甚)→ 上総・常陸(夷隅)」という 東向きの移動 を述べる。阿波説の標準的な伝播方向(阿波→各地)とも、安房→出雲とも異なる別系統の地名移動論である。本社はその出雲側の起点とされるが、移動の主体・理由は澤田論文も「不明」とする。


6. 阿波説・関連説における意義

6-1. 武御名方命と国譲り・諏訪元宮論

主祭神の一柱 武御名方命 は、『古事記』国譲り神話で建御雷神に抗して諏訪へ退いた神。阿波説は出雲国譲り神話を阿波内の勢力交代の記憶とみる(出雲国譲り神話の阿波比定)枠組みを持ち、また諏訪大社の元宮を阿波の 多祁御奈刀祢神社 に求める(建御名方命:国譲りに抗した神と阿波・諏訪)。本社の武御名方命祭祀はこの出雲・諏訪をめぐる神格ネットワークの一点に位置づけうるが、本社固有の阿波接続を示す史料はない(→留保)。

6-2. 出雲クラスターの一社として

本社は 出雲大社(杵築大社)領の12郷の一社で、阿須伎神社 と緊密な関係を持った出雲郡の式内社である。阿波説の「出雲は阿波の出雲」論(出雲大社・神魂神社 と同圏)の枠組みでは、出雲在地祭祀の一例として扱いうるが、これも本社固有の論拠を欠く一般的接続にとどまる。


7. 関連神社・関連氏族

出雲国内の関連社

  • 出雲大社(出雲郡・杵築大社。伊志見郷はその社領12郷の一つ)
  • 阿須伎神社(出雲郡・遙堪郷。杵築大社の摂社系、伊甚神社と緊密な関係)
  • 神魂神社(意宇郡・出雲国造の祖神祭祀)

関連神格

関連氏族

  • 伊志見(伊甚)国造

8. 現地情報

  • 所在地:島根県松江市宍道町伊志見188(伊志見谷中央の丘陵上)
  • 元宮:現在地より南約700mの平坦地と伝わる
  • 主要事跡:平成26年(2014)10月に55年ぶりの遷宮(本殿・幣殿・拝殿・玉垣を一新)

9. 史料

一次史料・文献

  • 『出雲国風土記』(天平5年〔733〕)— 「伊自美社」
  • 『延喜式』神名帳(927年)— 「出雲国 出雲郡 伊甚神社(小)」
  • 『出雲大社文書』(康元元年〔1256〕の杵築大社領注進に「伊志見村」)

研究・地誌

  • 『宍道町史』通史編上巻
  • 澤田文夫「出雲、上総、常陸のイジミ地名考」(2005年)

10. 参照ブログ・Web資料


11. 関連ノート(Vault内)

出雲・国譲り

諏訪・建御名方

阿波説総合


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 主たる出典:本ノートの社伝・祭神・歴史の主たる出典は 個人ブログ「西国の山城」(『宍道町史』を引用) と 澤田文夫の地名考論文 であり、神社の一次資料(社伝・棟札・縁起)や神社庁データによる直接確認は本ノートでは取れていない。confidence=2 はこの状況を反映する。骨格(風土記「伊自美社」・延喜式「伊甚神社」・式内社status)は文献で裏付く。
  • 読み:本ノートは記事の「いじむ」を主読みとするが、権威CSV(神名帳)は「イジンノ/イシムノ」、地名は「伊志見(いしみ)」で、読みに揺れがある。「いじみ」は上総の伊甚国造(夷隅)側の読みで、本社(出雲)の読みとは区別を要する。一次確認は未了。
  • 上総・常陸への地名移動説:澤田論文(2005)・伊甚神社記の伝承に基づく説で、移住の主体・理由は澤田自身も「不明」とする推論段階。考古・文献による実証ではない。
  • 阿波説接続:武御名方命を介した諏訪元宮論・出雲国譲りの阿波比定との接続は、神格の共通性に依拠する一般的・間接的な読みであって、本社固有の阿波由来を示す史料的根拠はない。出雲在地祭祀としての確実な基礎情報と、阿波説的解釈は層を分けて扱う。
  • 本ノートの evidence_type は “shrine_origin”、confidence は 2。

※本稿は、出雲郡の杵築大社領12郷の一社・伊甚神社を扱う。出雲大社・阿須伎神社・神魂神社 と同じ出雲の式内社シリーズの一であり、武御名方命祭祀と「イジミ」地名移動説という二つの論点を含む。