阿波神社伝承集:式内社と古代一族の記録
この文書は、ブログ資料から抽出した、阿波の神社に伝わる独自の伝承、系譜、および「阿波説」に基づく考察をまとめたものである。
1. 天石門別八倉比賣神社(あまのいわとわけ・やくらひめじんじゃ)
【鎮座地】 徳島市国府町西矢野(杉尾山) 【御祭神】 八倉比賣神(大日孁尊 / 天照大神)
伝承と特徴
- 天照大神の葬儀伝承:
社伝「八倉比賣大神御本記」には、天照大神の葬儀執行の詳細が記録されている。先導役に伊魔離神、葬儀委員長に大地主神など、具体的な神名が記されており、この地が天照大神の終焉の地であるという伝承を持つ。
- 参照: 2010-05-27-式内社(天石門別八倉比賣神社)比定①_ 八倉比売神社 徳島市国府町 (出典)
- 「水の女神」としての性格: 折口信夫は、阿波の天照大神を「水の女神」に属するものとして論じている。かつて鳴門から国府まで入り込んでいた湾の最奥に位置した地形的背景とも一致する。
- 国家的大典の地: 1070年の太政官符(阿波国徴古雑抄所収)において、当社の祭祀を怠った国司が厳しく叱責されており、「邦国之大典(国家にとって極めて重要な祭事)」として扱われていたことが証明されている。
- 奥の院と古墳:
杉尾山自体を御神体とし、奥の院には五角形の祭壇を持つ古墳が存在する。青石の木口積で築かれた祭壇には、永遠の生命を象徴する「つるぎ石(砂岩の鶴石亀石)」が立つ。
- 参照: 2008-07-29-卑弥呼の墓を徳島で発見!? (出典)
2. 上一宮大粟神社(かみいちのみや・おおあわじんじゃ)
【鎮座地】 名西郡神山町神領 【御祭神】 大宜都比売命(おおげつひめのみこと)、天石門別八倉比売命、大粟比売命
伝承と特徴
- 粟国の祖神: 古事記では五穀の神とされる大宜都比売命だが、当地では「粟国(阿波)を開いた祖神」として絶対的な崇敬を受ける。高皇産霊尊の系譜を引く神とされる。
- 社名改正への抵抗: 明治3年に政府が社名を「埴生女屋神社(はにゅうめやじんじゃ)」へ改称しようとした際、氏子一同と大粟氏一族が猛反発した。彼らは「我々の祖神は大宜都比売命であり、埴生女屋神とは別神である」と主張し、県知事への直訴を経て明治28年に現在の社名に確定させた。
- 祭祀一族の系譜:
粟国造(あわのくにのみやつこ)の末裔を自称する「大粟氏」や、月読尊を大祖とする「粟飯原氏」が代々奉仕してきた。粟飯原(あわいはら)の名は、大宜都比売命に「粟飯」を炊いて供えたことに由来するという。
- 参照: 2016-01-13-前置その3「上一宮大粟神社古傳書及御神号改正願稿」 (出典)
3. 忌部神社(いんべじんじゃ)および関連社
【主な関連地】 吉野川市(旧麻植郡)、徳島市二軒屋町
伝承と特徴
- 天日鷲命(あめのひわしのみこと)と麻の開拓:
忌部氏の祖神。吉野川市の「麻植(おえ)」の地名は、天日鷲命が麻種を植えたことに由来する。平安時代の『古語拾遺』にも、阿波忌部が肥沃な地を求めて阿波を開拓した経緯が記されている。
- 参照: 2010-08-04-天日鷲命と各地の神社 (出典)
- 「神ノ山」と御陵:
鴨島町の向麻山(こうのやま)は、かつては「神ノ山」と書き、天日鷲命の御陵があったためその名がついたとされる。
- 参照: 2017-09-12-天日桂神社例大祭復活 平成二十九年九月十日 (出典)
- 東遷伝説(安房開拓):
阿波忌部は徳島に留まらず、海を越えて関東へ進出した。千葉県の「安房(あわ)」は阿波忌部が開拓した地であり、現地の「阿久留王(あくるおう)」伝説は「阿波に久しく留まった王」という意味であるとの伝承がある。
- 参照: 2008-07-31-地名の一致は阿波忌部進出の痕跡か?① (出典)
典拠資料:
- goutara.blogspot.com
- awanonoraneko.hatenadiary.com
- awa-otoko.hatenablog.com
- 阿波国続風土記、徴古雑抄
コメント
ログイン不要でコメントできます(お名前・メールは任意)。