亀山神社

要旨

板野町大寺字亀山(阿王塚山)に鎮座する。阿波説の文脈では、聖徳太子が父・用明天皇の遺体を名西郡の桜間池周辺からこの地へ改葬したとする伝承が伝わり、詳細は子ノート「聖徳太子と用明天皇の改葬伝承」で論じられている。また、かつて近隣にあった大鳥神社(倭建命を祭神)が明治期に合祀されており、ヤマトタケル伝承とも接続する。裏山の阿王塚(阿王塚古墳)からは画文帯神獣鏡2面が出土している。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
亀山(阿王塚山)の由来地名の一つに過ぎないとする「阿(あ)の王」を葬った塚を意味し、阿波が古代天皇家の重要拠点であったことの傍証とみる
用明天皇の墓所河内磯長原陵(大阪府)が定説聖徳太子による名西郡桜間池周辺からの改葬地とする伝承がこの地に残る

2. 基本情報

項目内容
社名亀山神社
所在地板野郡板野町大寺字亀山(阿王塚山)
創建不詳
主祭神不詳
配祀倭建命(旧・大鳥神社より明治期に合祀)
社格式外社
位置付け阿王塚山に鎮座する式外社。用明天皇改葬伝承とヤマトタケル伝承が重なる史跡

3. 祭神と社伝

裏山にある阿王塚(阿王塚古墳)は古墳時代前期の有力な墳墓とみられ、画文帯神獣鏡2面が出土している。かつて近隣に鎮座していた大鳥神社(倭建命を祭神とする)が明治期に亀山神社へ合祀された。


4. 歴史

板野町大寺の阿王塚山一帯には、聖徳太子が父・用明天皇の遺体を名西郡桜間池周辺からこの地へ移し替えたとする改葬伝承が伝わる。詳細は子ノート「聖徳太子と用明天皇の改葬伝承」を参照。


6. 阿波説における意義

阿王塚山という地名が「阿(あ)の王」を葬った塚を示唆するとされ、阿波が古代天皇家の重要拠点であったことの傍証の一つとして位置づけられている。また、大鳥神社合祀により、石井町の白鳥神社などと連動するヤマトタケル伝承の拠点の一つともみなされている。


7. 関連神社・関連氏族


9. 参照ブログ・Web資料

  • 2015-02-07-豊国法師_阿波での活動(亀山神社と阿王塚山)
  • 2011-08-11-板野町 亀山神社(上)
  • 2011-08-13-板野町 亀山神社(下)

11. 関連ノート(Vault内)


12. 留保(中立的併記)

注意

用明天皇の改葬伝承は主にブログの考察資料に基づく仮説段階の言説であり(詳細論考の evidence_type は blog_hypothesis)、河内磯長原陵という定説と並立する検証途上の説である。本ノート自体は情報量が限定的であり、詳細は子ノートに委ねられている。