矢野銅鐸(やのどうたく)

📌 概要

徳島市国府町の矢野遺跡(西日本最大級の弥生集落跡)から1992年に出土した弥生時代の青銅製祭祀具。 正式名称は「突線袈裟襷文銅鐸(とっせんけさだすきもんどうたく)」。

🔍 特徴と学術的意義

  • 木箱入りの出土: 全国的にも極めて珍しく、銅鐸が「木箱(スギ材)」に納められた状態で土中に埋納(出土)した。これは、銅鐸がどのように保管・隠匿されたのかを知る上で第一級の考古学資料となっている。
  • 祭祀の中心地: 矢野銅鐸の存在は、気延山東麓に広がる矢野遺跡が、単なる居住域ではなく、強力な指導者に率いられた祭祀的・政治的な中心地(クニの中心)であったことを証明している。
  • 邪馬台国阿波説への影響: 高度な青銅器文化が存在したことの証明であり、近隣の宮谷古墳や八倉比売神社とあわせて、この地域が『魏志倭人伝』に記された邪馬台国の姿と符合する要素の一つとなっている。

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