箸供養と箸墓古墳:大和最古の王陵のプロトタイプ

要旨

大和の「箸墓古墳」は倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓、あるいは卑弥呼の墓として著名だが、その根源的な伝承は阿波に存在するとみるのが阿波説である。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
箸墓伝説の起源大和(桜井市)の箸墓古墳に伴う伝承阿波(三好市など)の「箸供養」が原初形で、王権の東遷に伴い大和へ持ち込まれた

※阿波説欄は後述の論拠・留保で示す解釈であり、比定は未確定。


2. 箸供養の風習

徳島県の一部地域(三好市など)には、古くから「箸供養(はしくよう)」という独特の風習や伝承が残る。これは大和の箸墓伝説(陰部に箸を突いて死んだ百襲姫)の原初的な形である可能性が指摘されている。阿波で形成された王族の悲劇の伝承と祭祀が、王権の東遷に伴って大和盆地(桜井市)へと持ち込まれ、巨大な「箸墓古墳」というモニュメントに結実したと考えるのが阿波説の立場である。


3. 留保

注意

  • 阿波の「箸供養」を大和・箸墓伝説の原初形とする説は阿波説的解釈で、通説とは異なる。本文も「可能性が指摘されている」との留保付きで述べている。
  • 本ノートの evidence_type は “blog_hypothesis”、confidence は 3。

4. 関連ノート(Vault内)

  • 2014-12-06-倭迹迹日百襲姫命の殯宮跡(箸供養)
  • 箸供養