杉山神社(すぎやまじんじゃ・横浜市)
要旨
神奈川県東部(横浜市周辺)にのみ数十社が集中して分布する特異な神社「杉山神社」群。その創建譚のひとつとして、「白鳳3年に安房神社の神主・忌部勝麿呂が神託により天日鷲命・由布津主命らを祀った」という由緒が伝えられている。阿波忌部(安房忌部)の支族が東京湾を渡り、武蔵国南西部(都筑郡周辺)へ進出し開拓を行った痕跡を示す重要な拠点である。
1. 命題の構造
| 観点 | 通説 | 阿波説 |
|---|---|---|
| 杉山神社の祭神 | 主に五十猛命(いそたけるのみこと)や日本武尊を祀る。鶴見川・柏尾川流域に特有のローカル信仰。 | 一部の杉山神社の由緒に「天日鷲命・由布津主命」の明確な記載があり、阿波忌部(安房忌部)の支族が海を渡って武蔵国へ進出した祭祀の痕跡である。 |
| 分布の偏り | なぜ横浜市・川崎市周辺(旧武蔵国都筑郡周辺)にのみ集中するのか、確たる定説はない。 | 安房国(房総)を拠点とした忌部一族の一部が、対岸の三浦半島や鶴見川流域へ二次的・三次的に展開した集落分布を示している。 |
2. 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | 杉山神社(すぎやまじんじゃ) |
| 所在地 | 神奈川県域に多数存在。本ノートでは創建譚を伝える旧郷社(横浜市都筑区中川など)を中心に記述。 |
| 創建 | 白鳳3年(674年)(※安房神社神職による創建伝承) |
| 主祭神 | 五十猛命、天日鷲命、由布津主命(阿八別彦命)、高御産日命 など(※各社で異なる) |
| 配祀 | (不明) |
| 延喜式表記 | 杉山神社(武蔵国 都筑郡)※論社が複数存在 |
| 社格 | 旧郷社・村社など(各社による) |
| 位置付け | 武蔵国南西部特有の祭祀、安房忌部による武蔵進出拠点 |
3. 祭神と社伝
横浜市周辺に点在する杉山神社の祭神は、一般的にはスサノオの子である「五十猛命(植林の神)」とされることが多い。 しかし、一部の杉山神社(港北区・都筑区などの旧社)には、決定的な独自の創建譚が残されている。それによれば、「天武天皇白鳳3年に、安房神社神主の忌部勝麿呂(いんべのかつまろ)が御神託によって、武蔵国の杉山の岡に高御産日命・天日鷲命・由布津主命(阿八別彦命)の三柱を祀った」とされる。 この「由布津主命(ゆふつぬしのみこと)」は天日鷲命の孫にあたる阿波忌部の祖であり、安房国の 下立松原神社 を創建したとされる神格である。
4. 歴史
- 古代: 阿波忌部(安房忌部)の支族が東京湾を横断して武蔵国南西部に上陸し、鶴見川などの水系に沿って内陸を開拓、祖神を祀ったと推測される。『延喜式』神名帳には「武蔵国都筑郡 杉山神社」として唯一の式内社が記載された。
- 中世・近世: 武蔵国特有のローカル信仰として広がり、横浜市・川崎市・町田市周辺に70社以上が建立された。祭神は時代とともに五十猛命や日本武尊などに習合・変容していった。
- 現代: どの杉山神社が本来の「延喜式内社」であるかについては、複数の論社(都筑区中川、港北区新吉田、緑区西八朔など)が存在し、今も論争が続いている。
5. 阿波説における意義
5-1. 安房忌部による武蔵国への「西進」
阿波説において、阿波から黒潮に乗って房総半島(安房)に上陸した忌部一族は、そこから利根川を遡上して北関東(下総・下野)へ向かったルート(鷲宮神社など)が有名である。 しかし、この杉山神社の伝承は、安房から東京湾を挟んで「西」である三浦半島・武蔵国(神奈川県東部)へ展開した別動隊(支族)がいたことを証明する貴重な物証である。天日鷲命と由布津主命のセットが祀られていることは、下立松原神社(安房国)の祭祀集団が直接移住してきたことを強く示唆している。
5-2. 五十猛命と忌部氏の「木」の信仰
通説における杉山神社の祭神「五十猛命」は樹木・林業の神である。一方、忌部氏もまた「天太玉命(麻・穀)」「手置帆負命・彦狭知命(建築・林業)」を奉じる産業・林業の技術集団である。武蔵国の丘陵地帯(杉山)を切り拓いて林業と農業を行った忌部氏の技術的性格が、後世になって「五十猛命」という汎用的な樹木の神に読み替えられた可能性が高い。
6. 関連神社・関連氏族
関東の阿波忌部ネットワーク
- 安房神社 — 安房神社の神職(忌部勝麿呂)が創建したとの伝承。
- 下立松原神社 — 杉山神社と同じ「由布津主命」を由緒に持つ安房の式内社。
- 大鷲神社ネットワーク — 天日鷲命を祀る点で共通する。
関連氏族
- 安房忌部氏、阿波忌部
7. 現地情報
- 神奈川県東部(旧武蔵国都筑郡、現在の横浜市都筑区・港北区・緑区周辺)に数十社が密集する。
- 鶴見川や柏尾川などの河川沿いの小高い丘の上に鎮座することが多い。
8. 史料
一次史料
- 『延喜式』神名帳
- 『新編武蔵風土記稿』
9. 関連ノート(Vault内)
10. 留保(中立的併記)
注意
- 杉山神社の「忌部勝麿呂による創建(白鳳3年)」は社伝・地誌レベルの伝承であり、一次史料(国史など)で確認できるものではない。
- 現在の多くの杉山神社の公式祭神は五十猛命や日本武尊であり、天日鷲命・由布津主命を主祭神として掲げている社は一部に限られる。
- 本ノートの evidence_type は “shrine_origin”(社伝に基づく)であり、信仰の変遷には習合の影響が強い。
※本稿は武蔵国の式内社一覧の関連論社として、阿波忌部の武蔵国への二次的展開の観点から位置づけられる。
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