阿波神社(鹿嶋市)
要旨
1. 命題の構造
| 観点 | 通説 | 阿波説 |
|---|---|---|
| 社名「阿波」の由来 | 不詳(地名としての「阿波」の成立事情は未詳) | 阿波忌部の東遷にともなう地名移植の一例 |
| 祭神・猿田彦大神の性格 | 記紀における天孫降臨時の道案内の国津神。後に伊勢へ鎮座 | 阿波国一宮・大麻比古神社の相殿神と同神。阿波忌部を東国へ導いた「道案内神」としての性格を重ねる解釈 |
| 猿田彦大神と事代主命の関係 | 記紀上は別神。系譜上の接点は明示されない | 一部ブログ論考(後述)は「猿田彦=事代主」同一神説を展開するが、これは阿波説内でも異論を伴う仮説段階の主張 |
| 鹿島神宮との位置関係 | 鹿島神宮の周辺に点在する式外社の一つ | 鹿島神宮の元宮論(大生神社・多氏東遷)と並び、阿波忌部東遷の痕跡として一覧に位置づけられる |
2. 基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | 阿波神社(あわじんじゃ、読み不詳・要検証) |
| 所在地 | 茨城県鹿嶋市神向町(ブログ資料では「鹿嶋市大字神向寺115」と表記) |
| 創建 | 不詳 |
| 主祭神 | 猿田彦大神(猿田彦命) |
| 配祀 | 不詳 |
| 延喜式表記 | なし(式外社。常陸国鹿島郡の式内社ではない) |
| 社格 | 不詳 |
| 位置付け | 常陸国鹿島郡の式外社。鹿島神宮近郊に鎮座 |
同名異社に関する重要な注意
徳島県鳴門市大麻町池谷に鎮座し土御門天皇を祀る神社にも「阿波神社」(阿波神社、既存ノート)が存在するが、本ノートの対象である鹿嶋市神向町の阿波神社とは全く別の神社である。祭神・鎮座地・由緒のいずれも共通点はなく、社名が偶然一致しているに過ぎない(あるいは阿波説の立場では地名伝播の結果として一致すると解釈されるが、両社間の直接的な系譜関係を示す史料はない)。ファイル名を「阿波神社 (鹿嶋市)」として区別している。
3. 祭神と社伝
主祭神は猿田彦大神(猿田彦命)。記紀神話における猿田彦大神は、天孫降臨に際して天八達之衢(あまのやちまた)に立ち、瓊瓊杵尊一行の道案内を務めた国津神である(『古事記』『日本書紀』)。降臨後は伊勢国に赴くよう天照大神・高木神に命じられ、後に伊勢の五十鈴川上流(現在の椿大神社・猿田彦神社の伝承地)に鎮座したと伝えられる。
鹿嶋市神向町の当社における具体的な創建由緒・社伝の詳細は、現時点でVault内に一次史料の裏付けを持つ記録がなく、不詳とせざるを得ない。現地調査・社伝の追加確認が今後の課題である。
4. 歴史
創建年代・沿革ともに不詳。鹿島神宮の周辺には、当社のほか大生神社(鹿島神宮の元宮とされる式外社)や息栖神社(式内・那賀郡、祭神は岐神=猿田彦神とも)など、道案内神・境界神の系譜に連なる神々を祀る社が点在しており、当社もその一角を占める。
5. 猿田彦大神と「阿波」の地名の重なり
鹿島郡には「阿波神社」(当社)のほか、那賀郡阿波山(東茨城郡城里町阿波山、阿波山上神社)、信太郡・稲敷市阿波(大杉神社、通称「アンバさま」)など、「阿波」を冠する地名・神社が複数分布する(→ 常陸国の式内社一覧参照)。当社はこの「阿波」地名クラスターの一つに数えられる。
読み方について、常陸国の式内社一覧では明示的な読みの記載がなく、稲敷市の大杉神社(阿波)が「アワ」ではなく「アバ」と読まれる例もあることから、当社の「阿波」の読みも「アワ」と断定はできない。読み不詳・要検証として扱う。
一方、猿田彦大神は道案内の神であり、阿波忌部が房総・常陸方面へ進出する際の「道案内神」として各地に祭祀が展開したとする見方が、阿波説のブログ論考に見られる(後述9節)。この見方に立てば、地名「阿波」と祭神「猿田彦大神」の組み合わせは、阿波忌部の東遷ルート上の痕跡の一つとして解釈される。ただし、これはあくまで地名と祭神の一致から導かれる仮説であり、当社の創建が阿波忌部と直接結びつくことを示す一次史料は確認されていない。
6. 阿波説における意義
6-1. 大麻比古神社の相殿神との一致
常陸国の式内社一覧および大生神社の関連ノートでは、阿波国一宮・大麻比古神社(板野郡、名神大)の相殿神が猿田彦大神であるとされる。当社(鹿嶋市神向町)の主祭神も猿田彦大神であり、両社の祭神が一致する点が阿波説では注目される。ただし、大麻比古神社の専門ノート本体(比定社項目)では主祭神を大麻比古神のみとし配祀欄を「―」としており、相殿神・猿田彦大神の記載は式内社一覧側の付随情報にとどまる。この点は今後の一次資料による裏付けが望まれる。
6-2. 「岐神=猿田彦神」を介した道案内神ネットワーク論
阿波説のブログ論考(後述9節、goutara_04_氏族_忌部所収「岐神再び」シリーズ)は、鹿島・香取周辺の祭祀圏を、阿波から「岐神」としてやってきた「猿田彦神」に導かれて経津主尊の系譜が当地を平定した、という筋立てで説明する。この論考はさらに「事代主=猿田彦=大物主」という同一神論(三輪氏系図に基づくとする)にまで踏み込んでいるが、これは記紀の一般的な神統譜とは異なる阿波説独自の仮説であり、学術的な裏付けを持つものではない。
6-3. 鹿島神宮元宮論との位置関係
大生神社を鹿島神宮の元宮とする阿波説(多氏東遷論)の枠組みにおいて、当社は鹿島神宮近郊に点在する「猿田彦神・道案内神」系の式外社の一つとして位置づけられる。鹿島周辺の「申田(さるた)」地名(坂戸社東・沼尾社東)も猿田彦神祭祀の痕跡として阿波説では言及される(→大生神社の関連ノート)。
7. 関連神社・関連氏族
阿波忌部の祭祀軸
関連神格
- 猿田彦大神(本ノート主祭神)
- 事代主命 — 阿波説の一部論考で猿田彦大神との同一神説あり(6-2節参照、仮説段階)
関連氏族
- 阿波忌部
同名異社(区別のための参照)
- 阿波神社 — 徳島県鳴門市大麻町池谷、土御門天皇祭祀。本ノートとは別の神社
8. 現地情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 茨城県鹿嶋市神向町(ブログ資料では「鹿嶋市大字神向寺115」と表記) |
| アクセス | 鹿島神宮の近郊。詳細な地番・アクセス方法は現地調査により今後補足の必要あり |
| 主要祭事 | 不詳(要調査) |
9. 参照ブログ・Web資料
goutara系(岐神再びシリーズ)
- 2019-10-12-岐神再び(6)(出典) — 「茨城県鹿嶋市大字神向寺115 鹿島神宮のほど近い場所に鎮座するのが『阿波神社』御祭神は『猿田彦命』」と明記。経津主尊の系譜が阿波から来た猿田彦神(岐神)に導かれて当地を平定したとする論を展開
常陸国の式内社一覧(要約元)
- 常陸国の式内社一覧 — 鹿島郡項目に当社を式外社として掲載。「アバ」の音と阿波忌部の道案内神としての猿田彦祭祀、大麻比古神社の相殿神との一致を指摘
10. 史料
一次史料
- 『古事記』(猿田彦大神の道案内伝承)
- 『日本書紀』(猿田彦大神の道案内伝承、天孫降臨条)
- 『常陸国風土記』(鹿島郡・信太郡の記事。ただし当社への直接言及は未確認)
神社縁起・社伝
- 当社固有の社伝・縁起書は現時点で未確認(要現地調査)
11. 関連ノート(Vault内)
常陸国の式内社・式外社
阿波忌部東遷論
同名異社(区別)
- 阿波神社 — 徳島県鳴門市池谷、土御門天皇祭祀。本ノートとは別の神社
12. 留保(中立的併記)
注意
- 同名異社の区別:本ノートが扱う「阿波神社」は茨城県鹿嶋市神向町に鎮座し猿田彦大神を祀る式外社である。徳島県鳴門市大麻町池谷に鎮座し土御門天皇を祀る阿波神社(既存の別ノート)とは全く別の神社であり、両者を混同してはならない。本ノートのファイル名を「阿波神社 (鹿嶋市)」としているのはこの混同を避けるためである。
- 当社の創建年代・社伝の詳細は不詳であり、現地調査による裏付けが得られていない。
- 地名「阿波」の読み方(「アワ」か「アバ」か)は一次資料上確認できておらず、本ノートでは断定を避けている。
- 大麻比古神社の相殿神を猿田彦大神とする記述は、常陸国の式内社一覧および大生神社関連ノートに基づくものであり、大麻比古神社本体の専門ノートでは配祀欄が「―」とされている。この点は一次資料による再確認が望ましい。
- 「猿田彦大神=事代主命=大物主神」とする同一神論(6-2節)は、阿波説の中でも一部のブログ論考が展開する仮説であり、記紀の一般的な神統譜とは異なる。学術的な裏付けを持つ通説ではないことに留意する。
- 本ノートの evidence_type は “shrine_origin”、confidence は 3(一覧ノートと参照ブログの要約情報に基づき、当社固有の一次資料での裏付けが不足するため)。
※本稿は常陸国の式内社一覧の鹿島郡項目として位置付けられる。
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