茂侶神社(もろじんじゃ)

要旨

下総国葛飾郡の式内小社。大物主神(三輪明神)を祀り、「茂侶」=「三輪(みわ)」の地名・社名で、大和三輪山祭祀の東国移植拠点。所在地「三輪野山(みわのやま)」は社名・神名から名付けられた地名で、大和三輪山の祭祀が東国・下総葛飾郡に移植された物証とされる。阿波の式内社「天石門別八倉比賣神社」など阿波には大物主神・三輪祭祀の古層が存在し、阿波と大和三輪山の祭祀同型性が論じられる。茂侶神社の存在は、大和三輪山祭祀が東国下総まで波及した物的痕跡と位置づけられる。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
社名「茂侶」の語源「茂侶(もろ)」は「三輪(みわ/みもろ)」と同源。『日本書紀』『万葉集』で三輪山は「御諸(みもろ)山」「三諸(みもろ)山」と表記され、これと「茂侶」「茂呂」は同じ音価所在地「三輪野山」は社名・神名から名付けられた地名で、大和三輪山の祭祀が東国・下総葛飾郡に移植された物証とされる
祭神の系統大物主神は大和三輪山の主神で、『日本書紀』では大国主神の幸魂・奇魂とされる出雲・大和の祖神阿波には大物主神・三輪祭祀の古層が存在し、阿波と大和三輪山の祭祀同型性が論じられる。阿波忌部の東遷と並行・前後する大和系祭祀の東国移植として注目される
近隣祭祀との関係大原神社(流山市流山)も近隣にあり、大原・三輪・葛飾の祭祀重層地帯を構成茂侶(三輪)祭祀と大原(忌部)祭祀が同地域に並立する点は、忌部・大物主の祭祀融合を示唆する

2. 基本情報

項目内容
社名茂侶神社
所在地千葉県流山市三輪野山619(旧下総国葛飾郡)
創建不詳(延喜式神名帳〈927年〉に登載)
主祭神大物主神(おおものぬしのかみ)
配祀大山祇命、品陀和気命
延喜式表記下総国 葛飾郡 茂侶神社
社格小
位置付け比定社・論社。比定地は現在の行政区分では千葉県流山市だが、古代下総国葛飾郡の領域

3. 祭神と社伝

「茂侶(もろ)」は「三輪(みわ/みもろ)」と同源。『日本書紀』『万葉集』で三輪山は「御諸(みもろ)山」「三諸(みもろ)山」と表記され、これと「茂侶」「茂呂」は同じ音価である。主祭神・大物主神は大和三輪山の主神で、『日本書紀』では大国主神の幸魂・奇魂とされる出雲・大和の祖神。

所在地「三輪野山(みわのやま)」は社名・神名から名付けられた地名で、流山市に現存する。大和三輪山の祭祀が東国・下総葛飾郡に移植された物証とされる。


4. 歴史

延喜式神名帳(927年)に「下総国 葛飾郡 茂侶神社」として登載。大原神社(流山市流山)も近隣にあり、大原・三輪・葛飾の祭祀重層地帯を構成する(大原神社と大原足尼:千葉に残された忌部祖神祭祀の物的痕跡参照)。


6. 阿波説における意義

6-1. 大和三輪山祭祀の東国移植

下総国は阿波忌部の東遷地。経津主神(建布都神)を祀る香取神宮など、阿波の建布都神社と対をなす祭祀構造を持つ。大物主神(三輪明神)は阿波説における重要神格:阿波の式内社「天石門別八倉比賣神社」など、阿波には大物主神・三輪祭祀の古層が存在し、阿波と大和三輪山の祭祀同型性が論じられる。茂侶神社の存在は、大和三輪山祭祀が東国下総まで波及した物的痕跡。阿波忌部の東遷と並行・前後する大和系祭祀の東国移植として注目される。

6-2. 忌部・大物主の祭祀融合と葛飾郡の二大祭祀

流山地域は大原神社と大原足尼:千葉に残された忌部祖神祭祀の物的痕跡に詳述されるとおり、忌部祖神祭祀の二次拠点でもある。茂侶(三輪)祭祀と大原(忌部)祭祀が同地域に並立する点は、忌部・大物主の祭祀融合を示唆する。葛飾郡には意富比神社(船橋大神宮、太陽神)・茂侶神社(三輪明神)の二式内社があり、葛飾郡=太陽神と国造り神の二大祭祀の地帯を構成する。


7. 関連神社・関連氏族


11. 関連ノート(Vault内)


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 茂侶神社の祭神「大物主神」は中世以降の整備による可能性があり、創建期の本来祭神は確定していない。「もろ」が三輪を意味するという解釈は通説だが、別解(人名・地名)の可能性も残る。
  • 阿波と大和三輪山の祭祀同型性は阿波説固有の解釈で、通説学界では支持されていない。本社の阿波接続も間接的。
  • 大物主神祭祀は出雲・大和系で、阿波忌部の祖神系図とは別系統。

※本稿は下総国葛飾郡の式内社として、大和三輪山祭祀の東国移植と忌部・大物主の祭祀融合という観点から位置付けられる。