天日鷲命の御陵遥拝所

要旨

吉野川市鴨島町に鎮座する 天日桂神社(あまひかつらじんじゃ) は、向麻山(こうのやま、古名「神(カウ)ノ山」)の麓にある小祠で、祭神は 天日鷲命 と 黒高大明神。近世地誌 「麻植郡麻植塚村舊跡傳」(『阿波国(続)風土記』所収)は、阿波忌部の祖神・天日鷲命の 御陵が麻植塚(おえづか)にある と伝え、地名「麻植塚」自体をその証とする。古老伝では「御塚は上古は神ノ山=向麻山の麓にあったが、川水のため潰え、今の麻植塚へ移した」という。天日桂神社は、この御陵のある麻植塚の方向を斎く社と理解される。本ノートはこの御陵伝承と遥拝の構造を、出所を明示して整理する。


1. 命題の構造

観点通説阿波説(地誌・社伝)
天日鷲命の御陵比定なし麻植塚(吉野川市鴨島町)にあると地誌が伝える
「麻植塚」の地名麻を植えた塚の意とも天日鷲命の御陵があるゆえの名 と「舊跡傳」が記す
向麻山(神ノ山)の役割一般の里山御塚の 旧地(後に川水で潰え麻植塚へ移したと古老伝)
天日桂神社小祠御陵のある麻植塚を斎く社・祭神 天日鷲命/黒高大明神

※阿波説欄はいずれも近世地誌・社伝・古老伝に基づく伝承であり、考古学的な被葬者比定による実証ではない。


2. 天日桂神社(社の概要)

天日桂神社(あまひかつらじんじゃ)は、吉野川市鴨島町・向麻山の麓にある小祠で、祭神は 天日鷲命 と 黒高大明神。社の基本情報(所在・祭神・祭事・向麻山=鴻山の表記など)は親ノート 天日桂神社 に整理してある。本ノートは、この社が斎くとされる 御陵伝承 と 遥拝の構造 を専門に扱う。


3. 御陵伝承:「麻植郡麻植塚村舊跡傳」

天日鷲命の御陵を伝えるのは、在村国学者が編もうとした 『阿波国(続)風土記』 の末尾近くに収められた 「麻植郡麻植塚村舊跡傳」(goutara が翻刻・紹介)。その要点:

麻植塚村ト称スルハ天ノ日鷲ノ命ノ御陵アルガ故ノ名ナリ 其ノ處ハ麻植郡麻植塚村ト云 麻植塚ノ御陵アルヲ以テ知ルベシ 古老ノ傳ニハ上古御塚 神(カウ)ノ山ノ麓ニアリシガ 川水ノ為ニ潰毀セシユエ今ノ所エ移奉ルト云

(大意:麻植塚村と称するのは、天日鷲命の御陵があるゆえの名である。その所は麻植郡麻植塚村。麻植塚に御陵があることによってそう知るべし。古老の伝えでは、上古の御塚は神ノ山=向麻山の麓にあったが、川水のため潰れたので今の所〔麻植塚〕へ移し奉ったという。)

3-1. 御陵の所在は「麻植塚」、向麻山麓は旧地

  • 地誌は御陵の現在地を 麻植塚(おえづか)(吉野川市鴨島町麻植塚)と明記する。
  • 向麻山(神ノ山)の麓 は、古老伝が伝える 御塚の旧地。川の氾濫で潰え、麻植塚へ移したという二段の伝承構造になっている。
  • 地誌はさらに「コノ御陵ノ南ニ當ツテ麻植塚前ノ同處ト地ノ字ニ残レリ」「天正十九年御検地ノ御帳ニモ麻植塚前同地トアリ」と、字名・検地帳に「麻植塚前」が残ることを傍証として挙げる。

3-2. 神ノ山北面の「五社神」

  • 同地誌は「神ノ山北面 麻植ノ古宮ノ地字ヲ堂床ト云 此神 中北五社神ト云 神体五ツアリ」とも記し、向麻山の北面に 五社の神体 があると伝える(goutara の現地踏査では確認に至らず、伝承の段階)。

4. 遥拝の構造

  • 天日桂神社は向麻山の麓にあり、その斎く方向が 御陵のある麻植塚 に向かうとされる(goutara「天日桂神社(下)」2017-06-12 が、社の方向と麻植塚の位置関係を論じる)。
  • すなわち天日桂神社は、御陵そのものを境内に擁する社ではなく、御陵のある麻植塚を遥拝・守護する社 という位置づけで理解できる。本ノートの旧名「御陵遥拝所」はこの理解に対応する。
  • 御陵の旧地(向麻山麓)と現在地(麻植塚)、そして遥拝社(天日桂神社)が、向麻山周辺に近接して結ばれる祭祀景観をなす。

5. 阿波説における意義

  • 祖神の御陵を阿波内に求める論点:阿波忌部の祖神・天日鷲命の降臨地(種穂山降臨:天磐船と五穀の種蒔き)と並び、その 御陵を麻植(旧麻殖郡)に求める 伝承は、忌部の本貫を麻植に置く阿波説の論拠の一つ。
  • 地名による傍証:「麻植塚」「麻植塚前」という地名・字名・検地帳記載が、御陵伝承と結びつけられる(地名を史料とする論法)。
  • 降臨と神陵の対:降臨(種穂山)と神陵(麻植塚)を阿波内に対で配置する見方は、忌部祖神:天日鷲命の降臨と神陵 が総合的に扱う(本ノートは神陵側の現地伝承を担う)。

6. 関連ノート(Vault内)


7. 留保(中立的併記)

注意

  • 御陵伝承の出所は近世地誌 「麻植郡麻植塚村舊跡傳」(『阿波国(続)風土記』所収)と 古老伝 であり、考古学的な発掘・被葬者比定による実証ではない。天日鷲命を神話上の祖神とみる立場からは、御陵の実在自体が伝承の域を出ない。
  • 御陵の所在は地誌では 麻植塚。向麻山(神ノ山)の麓 は古老伝が伝える御塚の旧地であって、現在の御陵地ではない。
  • 「黒高大明神」「神ノ山北面の五社神」「天日桂神社の方向=麻植塚」は、いずれも goutara の翻刻・現地踏査に依拠する伝承・観察であり、一次史料による裏付けは限定的。
  • 本ノートの evidence_type は “shrine_origin”(地誌・社伝・古老伝が主たる典拠)、confidence は 3。

※本稿は天日桂神社の関連論考として、天日鷲命の御陵伝承(麻植塚)と遥拝の構造を、出所を明示して整理する。神格としての降臨・神陵の総合は忌部祖神:天日鷲命の降臨と神陵に委ねる。