(寛保三年 神社御改)
【板野郡分】
下助任村・下助任町
- 記録(別当:名東郡の下助任村 万福寺)
- 瀧本権現(別当:万福寺)
- 蔵王権現(僧:万福寺)
- 荒神(別当:万福寺)
上助任村
- 鎮守権現(別当:光福寺)
鈴江村
- 若宮(別当:沖島村の万福寺)
- 神明宮(別当:善集寺)
鶴島浦
- 三宝荒神(別当:鶴島浦の宝福寺)
宮島浦
- 金毘羅大権現(別当:宮島浦の圓明院)
- 同浦の記録(別当:同浦)
- 沖島邑(沖島村)
- 将軍地蔵権現(別当:宝生寺)
- 荒神宮(別当:善集寺)
- 天神宮(別当:同村の寺)
- 沖島邑の記録(別当:寺)
大松村
- 野神宮(別当:同村の寺)
- 塩竈明神(別当:自性寺)
- 夷宮(別当:同寺)
加賀須野村
- 野神(別当:同寺)
中島浦
- 笑子宮(別当:中島浦の寺)
- 春日大明神(別当:恵勝寺)
- 新宮大権現(別当:同寺)
廣島浦
- 夷宮(別当:廣島浦の寺)
中喜来浦
- 春日大明神(別当:不動院)
- 荒神宮(別当:呑海寺)
榎瀬村
- 塩竈大明神(別当:榎瀬村の寺)
- 同邑の記録(別当:地福寺)
別宮浦
- 天神宮(別当:別宮浦の寺)
- 同浦之内大岡の若宮(別当:西光寺)
- 同浦之内古別宮の夷宮(別当:地福寺)
- 同浦之内長原の若宮(別当:西光寺)
平石村
- 若宮(別当:右両寺)
志和岐浦
- 恵比須(別当:寺)
阿部浦
- 蔵王権現(神主無御座候、別当:阿部浦の光明寺)
- 宮内大明神(別当:伊座利浦の極楽寺)
板野郡その他
- 新田八幡宮(合四百八拾三社、生駒□先手 崎分)
【名東郡分】
下八万村
- 八幡宮(別当:下八万村の長久寺)
- 金毘羅大権現(別当:圓福寺)
- 同村の記録(別当:同村の寺 / 同)
南濱浦
- 蛭子大明神(神子:同村)
北濱浦
- 若宮権現(社僧:北濱浦の照□)
富田浦
- 若宮権現(神主:富田の真福寺 甲雲齋)
- 八幡宮(宮守:同所の弥一右衛門)
南齋田浦
- 大麻彦明神(山伏:南齋田浦の瑞木清持)
新濱浦
- 塩竈明神(社僧:本福寺)
津田浦
- 若宮八幡宮(別当:同)
沖須浦
- 八幡宮(神主:同所の寺)
福島
- 四所大明神(神主:榊本頼母)
東高輪村
- 諏訪大明神(社僧:川原田村の良青寺)
東黒田村
- 八幡宮(神主:東黒田村の堀江権ヶ輔)
- 松尾大明神(別当:同寺)
- 同村の記録(別当:芝村の蔵珠院 / 神主:同人)
高崎村
- 八幡宮(社僧:同人)
南岩延村
- 八幡宮(別当:光徳寺)
和田村
- 八幡宮(別当:南岩延村の本光寺)
早渕村
- 王子大明神(別当:和田村の寺)
- 新宮大明神(別当:西福寺)
- 同村の記録(別当:早渕村の万福寺)
- 府中村(府中)
- 鎮守(別当:府中村の寺)
- 天神(別当:同村の坊)
- 印鑰大明神(別当:同村の坊)
- 若宮大明神
井戸村
- 若宮権現(別当:大坊)
花園村
- 八幡宮(神主:井戸村の川野石見)
- 諏訪大明神(別当:妙照寺)
南新居村
- 八幡宮(神主:同人)
- 同村の記録(社僧:同人 / 別当:寺 / 同寺)
芝村
- 権現(社僧:妙意輪寺)
- 八幡宮(別当:法光寺)
- 壱本木大明神(別当:同寺)
敷地村
- 天満大自在天神(別当:同寺)
- 川邊八幡宮(神主:敷地村の尤兵衛。別当:法恩寺)
観音寺村
- 惣社大明神(別当:観音寺村の観音寺)
中村
- 天満宮(別当:大坊)
- 八幡宮(別当:同坊)
- 伊勢伯母宮(別当:同坊)
祖母島村
- 夷(別当:新蔵院)
- 荒神(別当:法巖院)
佐須賀村
- 天満権現(別当:威徳院寺)
- 蛭子大明神(別当:浄明院)
- 第十村の八幡宮(別当:佐須賀村の千蔵寺)
芝原村
- 記録(社名の記載なし)
- 隅野大権現(別当:蔵珠院)
- 高権現(別当:蔵珠院)
- 法光寺権現(別当:蔵珠院)
川原田村
- 諏訪大明神(社僧:川原田村の良音寺、および岩山坊豊後)
西黒田村
- 王子権現(別当:蔵珠院)
北新居村
- 若宮権現(社人:板野郡徳命村の武知作太夫)
東名東村
- 若宮大明神(大坊:東名東村の地蔵院)
- 八幡宮(社僧/別当:地蔵院)
- 牛頭天王(別当:地蔵院)
- 天満大自在天神(別当:地蔵院)
- 辨才天(別当:地蔵院)
- 松尾大明神(別当:同村の聖幢寺)
西名東村
- 山王大権現(別当:地蔵院)
庄村
- 神明大神宮(社僧:庄村の法谷寺)
蔵本村
- 八幡宮(別当:地福寺)
- 牛頭天王(別当:地福寺)
矢三村
- 産宮(別当:妙福寺)
- 八幡宮(別当:妙福寺 / 幸福寺)
- 篠原大明神(別当:今切村の真観寺)
田宮村
- 記録(空白)
今切村
- 若宮大明神(別当:高崎村の光徳寺)
島田村
- 八幡宮(別当:本願寺)
- 島田村の記録(別当:本願寺)
名東郡その他(村名明記なし)
- 八幡宮(別当:密巌寺 / 伊豫 / 威徳院)
- 惣蔵権現(別当:同寺)
- 白山権現(別当:同寺)
- 雨降大明神(別当:同寺)
- 日暮権現(別当:同寺)
- 同所の記録(祢宜)
- 御客大明神(別当:大坊)
- 若宮大明神(別当:坊)
- 葛神(別当:坊)
- 瀧宮(別当:同坊)
- 辨才天(別当:府中村)
- 天満大自在天神(別当:威徳院 / 天神坊)
- 天満権現(別当:威徳院)
- 五郷司(別当:威徳院)
- 盛勇権現(別当:威徳院)
- 神明大神宮(神主:同村の新居見太夫)
【名西郡・麻植郡周辺などの管轄分】
下佐那川内村
- 蔵王権現(別当:本願寺)
- 大宮正八幡宮(神主:勘太夫)
- 妙見(神主:孫太夫)
- 松ノ宮八幡宮(神主:同人)
- 瀧宮大権現(神主:同人)
上佐那川内村
- 天神(神主:勘太夫)
上八万村
- 朝宮大明神(神主:孫太夫 / 河野長門守)
- 宅宮大明神(神主:河野長門守)
- 諏訪大明神(神主:河野長門守)
- 八幡宮(神主:河野長門守)
- 瀧宮牛頭天王(神主:河野長門守)
- 同村日比宇の八大龍王(別当:同村の山伏 大養坊)
- 同村西谷の牛頭天王(別当:円光寺)
- 牛頭天王(別当:円門寺)
一宮村
- 勢山牛頭天王(神主:一宮村の笠原藤内、別当:西願寺)
- 一宮大明神(神主:一宮村の笠原藤内、宮坊:同村の大林坊)
- 若宮八幡宮(神主:笠原藤内)
- 寄大明神(祢宜:同村の盛代山城)
- 国中大明神(空白)
- 同村谷又の八幡宮(別当:同村の国中寺)
内谷村
- 山王大権現(別当:名東郡府中村の大坊)
- 浄童子(別当:同大坊)
- 愛宕(別当:同大坊)
尼寺村
- 記録(社名の記載なし。別当:同大坊)
白鳥村
- 赤志世(別当:石井村の□寺)
- 白鳥大明神(神主:矢野村の作平)
- 祇園社(別当:成徳院)
矢野村
- 大山祗社(別当:成徳院)
- 四所股神社(別当の記載なし)
- 正一位杉尾大明神 / 枚尾大明神(神主:矢野村の富崎播磨)
- 大泉大権現(神主:同人)
- 野神牛頭天王(神主:同人)
- 廣濱大明神(神主:同人)
- 松熊大明神(神主:同所の岩崎和泉守)
- 萬執大明神(同人)
- 天神宮(別当:興福寺)
- 八幡大菩薩(別当:観音庵(元の空持))
- 山王権現(常楽寺が無住につき是休の持ち)
石井村
- 記録(記載なし)
神領村
- 大栗上一宮大明神(別当:神宮寺、祢宜:太夫、および古川和泉守)
- 八幡宮(同寺 / 神主:林芝峡)
- 権現(別当:西光寺、古川和泉守)
上山村
- 下・栗宇佐名の妙見(神主:泉太夫)
- 同所の天神(西人)
左右内村
- 妙見(主馬太夫)
- 十二社権現(西人)
- 熱田大明神(焼山寺)
廣野村
- 馬地名の妙見菩薩(左の同寺)
- 八幡(森河内)
- 龍王宮(同人)
- 午頭天王(同人)
- 八幡宮(同人 / 十太夫)
- 妙見宮(同人)
高畠村
- 松熊大明神(同所の高畠村の善福寺)
- 八幡宮(同寺)
- 山王権現(同村の宝幢寺)
- 八大龍王(同寺)
西覚円村
- 若宮明神(同村の市音寺)
東覚円村
- 産明神(同所の神宮寺)
加茂野村
- 別宮大明神(同所の芝原村の威徳院)
市楽村
- 石川大権現(石井村の圓徳寺)
高川原村
- 落神大明神(同所の地福寺)
桜間村(櫻間村)
- 八幡宮(社人:名西郡桜間村 / 神主:櫻間村の岩崎豊前守)
上浦村
- 上浦村の記録(神子:名西郡下浦村)
- 大明神(同人)
下浦村
- 諏訪大明神(神子:信濃)
- 瀧宮午頭天王(神子:山越後)
- 王子権現(同人)
山路村
- 八幡宮(持福寺)
- 堂原権現(同人)
- 熊野権現(玉林寺)
牛ノ島村
- 八幡宮(願成寺)
- 枚尾大明神(同寺)
- 午頭天王(同寺)
内原村
- 記録(社名の記載なし)
森藤村
- 八幡宮(同所の三谷寺)
上下島村
- 諏訪大明神(成就院)
- 若宮八幡宮(中山藤蔵)
山田村
- 吉田ノ宮大明神(同人)
喜来村
- 枚尾大明神(願成寺)
- 若宮大明神(持福院)
- 伊かゝ志神(徳太夫)
飯尾村
- 記録(社名の記載なし)
- 天神宮(持福院)
西麻植村
- 八幡宮(神主:右門)
鴨島村
- 鎮守八幡宮(別当:持福寺)
宮島村
- 八幡宮(神主:鴨島村の高房佐内、宮太夫、鈴江若狭)
- 天村雲神(神主:高房佐内)
- 新空権現(同人)
- 天神(同人)
- 瀧宮明神(同人)
児島村
- 鎮守八幡宮(宮田仁木之進)
- 中道明神(庄太夫)
- 春日大明神(社人:児島村の庄太夫 / 薮之助)
- 妙見(神主:徳太夫)
- 王子権現(同人)
三ツ島村
- 住吉大明神(伊太夫)
山崎村
- 八幡宮(同所の東川田村の中川民部)
- 夷(同人)
- 天神(同人)
- 白山権現(同人)
- 若宮八幡宮(同人)
- 王子権現(同人)
- 岩戸権現(同人)
- 山王権現(同人)
- 午頭天王(同人)
瀬洗村
- 八幡宮(社人:瀬洗村の内)
- 山王権現(同人)
- 春日大明神(同人)
- 諏訪大明神(同人)
- 若宮権現(同人)
東川田村
- 八幡宮(神主:東川田村の早雲治部)
- 中ノ御前名の柏井大明神(同人)
- 天村雲神・伊志波登姫神(同人)
- 種穂忌部神社(中川民部)
- 川田山皆瀬名の白人大明神(神主:東川田村の早雲治部)
- 楠地名の記録(社名記載なし)
- 第一の王子(同人)
- 同山の白人大明神(同人)
- 若市王子(同人)
- 三崎大明神(同人)
- 種野山の八幡宮(左近)
- 同山の記録(社名の記載なし)
- 天満天神(同人)
- 稲荷大明神(同人)
- 夷宮(神主:東川田村の中川民部)
- 天一神(同所の早雲治部)
東山
- 宮平名の白山権現(久米太夫)
- 小板名の八幡宮(同人)
- 葛岩名の八幡宮(同人)
- 大笹権現(同人)
- 信濃名の龍王権現(同人)
- 西ノ宗名の熊野権現(同人)
- 中村山大宮名の加茂明神(同人)
- 奥名の八幡宮(佐源)
- 八幡宮(同所の亀太夫 / 同人)
三ツ木村
- 八幡宮(祢宜:三木村の助之丞)
- 宇佐八幡宮(同人)
- 大明神(同人)
- 龍王八幡宮(同人)
川井村
- 正八幡宮(五太夫)
- 山王権現(善太夫)
- 大宮権現(同人)
- 竹尾名の辨財天(同人)
- 八幡宮(同人)
- 午頭天王(同人)
- 蔵王権現(社人:平太夫)
西川中村
- 八幡宮(別当:西川田村)
木屋平村
- 山王権現(同人)
- 新八幡宮(祢宜:木屋平村の岩雲大和守)
- 正八幡宮(同人)
- 王子権現(同人)
- 午頭天王(同人)
- 妙見宮(同人)
国実村
- 八幡宮(別当:光厳寺)
重松村
- 八幡宮(蓮光寺)
- 明神(同寺)
その他(管轄内、村名明記なし/独立記載分)
- 中王子十二社大権現(別当:地福寺)
- 東王子十二社大権現(徳蔵寺)
- 神宅大明神(円徳寺)
- 八幡宮(東禅寺 / 西光寺 / 同寺)
- 二ッ森(域之内)(光厳寺)
- 曽我氏大明神(浄土寺)
- 新田八幡宮(別当:妙法寺)
- 黒松八幡宮(神主:市郎太夫)
- 山王権現(妙法寺)
- 宇佐八幡宮(神主:主馬太夫、加即太夫、泉太夫、市郎太夫、作太夫、西光寺 等)
- 大岩大明神(右の同人)
- 蔵王権現(同寺)
- 午頭天王(同寺 / 同人)
- 三島大明神(同寺)
- 天目市権現(同寺)
- 金泉水明神(同寺)
- 宮木権現(同寺)
- 若宮権現(蓮根寺)
- 樫山権現(同寺)
- 橋権現(同寺)
- 廣坪権現(同寺)
- 鳥羽権現(同寺)
- 天津権現(同寺)
- 中国八幡宮(信農)
- 的場明神(同人)
- 日吉大明神(持福院)
- 王子権現(通玄寺 / 同人 / 神主:麻植□村の右門)
- 高越蔵王権現(高越寺)
- (社名の記載なし)(山伏の大学が受け持つ)
- 正八幡宮
- 御瀧大権現(別当:同大坊)
- 権現(別当:西光寺、古川和泉守)
- 天神(同人 / 同所の西人)
- 十二社権現(西人)
- 熱田大明神(焼山寺)
- 八幡(森河内)
- 龍王宮(同人)
- 妙見宮(同人)
- 性福寺八幡宮
【社務移譲および由緒に関する経緯の記録】
白鳥村正八幡宮の社務移譲について
この白鳥村の正八幡宮一社は、昔は白鳥村の山伏である大学と、矢野村の奥禅寺の両寺院が受け持っていたと申しております。
しかしながら大学の作成後(死後・退役等)、院の徒弟が極めて困窮して社務を行うことが難しくなりました。ゆえに奥禅寺についても寺の役目が非常に多くなったためか、右の両者で互いに助け合って維持していくことが困難な状況となりました。
そこで矢野村の神主である下田丹後に由緒をお尋ねになったところ、右の下田丹後の方へ譲り渡すことになり、その度ごとに丹後もこれを譲り受けて社務を行いたいとし、今後は右の丹後に沖嶽社を仰せ付けるとともに、そのほか度々、奥禅寺・成徳院・丹後が連名で願い出ました。
村中やその他からも異議がなかったため、右の両村の庄屋衆や知人、ならびに白鳥村の氏子たちが連名で裏書きをして願い出たことにより、右の神社は丹後の支配とするよう申し付けました。
明和3年(1766年)戌年 6月11日 津田勘兵衛 (花押)
名西郡矢野村の大山祗社、白鳥村の祇園社、矢野村の四所股神社について
右の三社について、以前に神社帳の改訂を行った際には申し出がありませんでしたが、この度、改めて矢野村の下田丹後が自分が所持(管理)する神社であると願い出たため、その旨を書き留めました。
ところが、同村の神主である富崎播磨も同職であり、これまでずっと社役を勤めてきたため、今回の件について「清持(自分の紛れもない単独管理)」であるとして承知せず、不審を抱きました。
そのため、「この度、丹後が所持するものとして決着させてしまえば、自然と播磨の立場を取り上げることになってしまう。右の神社を譲り渡すなどという話については、全く身に覚えがないのは当然である」として、異議の申し立てがありました。
そこで、その者たちが、白鳥村および矢野村の後見らの裏書きをもって願い出たため、精査した結果、右の三社は今後、富崎播磨が清持として受け持つべきものと言い渡しました。
明和5年(1768年)子年 7月25日 津田勘兵衛 (花押)、(判読不能) 吉兵衛 (花押)
上下島村の諏訪大明神について
この諏訪大明神の社僧である成就院が不埒なことをしたため、享保2年(1717年)、袈裟を懸けた山路村の山伏である持福院へ、本寺としての祠の場所を願い出たことにつき、飯尾村・山路村・内原村の三ヶ村の役人ならびに組頭・庄屋に頼んでほかへ仕向けました。
なおまた、郡所へ書面をもって願い出たため、ついに取り調べ吟味したところ、先年の名好坊の免状の分は持福院に申し付ける。もしこれに背くことがあれば袈裟を取り上げる。
右のことは、元々は飯尾村持福院が宮元(本元)であるという言い伝えがあるためです。
この度いざこざについても成就院が本元であるとの証拠は相違なく存在しないため、修験坊は袈裟を持福院へ引き渡すべきであるとする書物の内に、原村の五人組の証印を押して引き渡されたものがあるので、願いの通り袈裟を取り上げ、右の宮の儀は持福院へ引き渡させるよう裁判を申し付けたため、このように書き置くものである。
宝暦6年(1756年)2月20日
宮島村の八幡宮について
右の八幡宮は先却神社の由緒を伝えるものであり、郷中へ無より、神社を埋め八幡宮と申し、遷宮の節には尊師の儀として同所の名川島町にある志宝長生寺の仕様にする旨を神主が申し出ました。
児島村の中道明神宮と春日大明神について
この児島村の中道明神宮は、島村の社人である庄太夫が受け持っていた分であり、社役を勤めてきたところ、由緒があるため、この度、同村の宮太夫や鈴江惣右衛門の方へ譲り渡し、今後は出雲の支配とします。
春日大明神は社人である庄太夫の所持につき社役を相勤め居り申したところ、由緒があることにつき、この度同村の宮太夫・鈴江出雲へ譲渡し申す間、向後は出雲の支配とします。
申し付けられ、下知に対して双方より願いの書面を差し出したため、社役を相勤め申したところ、支障は無いとのことで、庄屋五人組共が書付を差し出したため、以後は右の神社を出雲の支配に申し付けます。
明和5年(1768年)子年4月5日 津田勘兵衛
東川田村の種穂忌部神社について
右の神社(種穂忌部神社)は、以前は衰退してしまっており、当時は「那穂大権現(なほだいごんげん)」という名で呼ばれていました。
神主の中川民部は、神祇伯(神社を統括する役職)である白川家の雅富卿の先代・雅冬卿からの「御書付」1通と「御伝授の秘書」1通、そして現在の雅富卿からの「秘書」1巻、合計3通の文書を所持していました。
過去の丙(ひのえ)の年の8月からは、この神社を「多邪穂忌部神社(たやほいんべじんじゃ)」と呼んでいました。しかし、戌(いぬ)の年の3月に雅富卿に対して(名称変更を願い出て)、「多邪穂」の3文字を除き、「種穂」の2文字へと公式に改めていただきました。
このたび、民部が「種穂忌部神社」として正式に記録し(証拠の文書を)持ち出してきたため、事実確認のために白川家へ使いを出し、所持していた3通の文書をすべて提出させたところ、(内容が確認され)杉上の配下である早雲と民部へ文書が返還・引き渡されました。
また、彼らからの申し出によれば、「白川家から与えられた許状(許可証)には『中川』という宛名が記されています。そのため、地元ではこれまで『早雲(そううん)』と名乗ってきましたが、今後は公式の文書に合わせて『中川』と名乗りたい」と願い出があったため、この改名を聞き届けました。
板野郡大岡別宮浦の稲田九郎兵衛拝領地内の小宮について
板野郡の大岡別宮浦須崎にある稲田九郎兵衛の拝領地内の小宮について、この度の神社改め(調査)にあたり、役地から何の申し出もなかったため、組頭や庄屋の木戸藤左衛門を呼び寄せて事情を尋ねました。
すると、「どのような事情か全く存じておりません。その上、この土地は近年になって九郎兵衛様が拝領した土地となり、萱野などを引き渡した経緯もあり、庄屋の管轄でもなくなっているため、書き出し(報告)をしなかった」と内々に申し出がありました。
そこでさらに役所へ問い合わせていたところ、持明院の管轄として認識されている筋もあるように聞こえたため、これについても確認したところ、別当職として改めて管理を行っているような神社ではないとのことでした。九郎兵衛殿の拝領地にある鎮守のようなもので、特定の管理者は誰もおらず、もちろん祭礼などを行うような祠などもないとのことでした。
その上、どこからも申し出がないため、結局この帳面には書き入れないこととしました。この件については、公に申し上げるべき内容でもありませんので、お聞き置きください。
何分よろしくお取り計らいくださるよう、中川泰兵衛が右の帳面を提出した際に庄太兵衛が申し懸けたところ、この件は出雲殿(加島出雲)へ泰兵衛が申し上げ、ご承知くださったとのことです。なおまた、泰兵衛を通じて仰せ出された通りです。以上。
寛保3年(1743年)亥年2月28日 坪内庄太兵衛、速水角五郎、生駒彦吉 (宛先:太田章三郎殿)
【総括・通達事項】
合計340社、速水角五郎 手崎分、都会(総計)1236社
右の通り、一昨年の夏に神社について差し出した公儀の御書付をもって、ここに仰せ出されました。ついては差し出した神社の件、神主や別当の有無を承知し、記して差し出すべきこと。
なかでも麻植郡東川田村の種穂忌部神社については、白川家へ伺いを立てて認められ、差し出した上は、そのように仰せ付けられたものと承知すべきである。
公事御裁判書やその他お渡しになられた御書付があるならば、差し出すように仰せ出されました。この度、公事御裁判書やその他御奉行所へお渡しになられた書付があるならば(差し出すこと)。対象となる神社は他にありません。以上。
亥年 2月28日 加島出雲殿宛て 生駒彦吉、速水角五郎、坪内庄太兵衛
覚:去る夏に仰せ出された通り、以前の御書付等があり、御奉行所へ残らずお渡しになっている様子の神社については、この度重ねて神社名を記して差し出すこと。また、阿波国板野郡大麻彦神社について、この度の御奉行所へ差し出す神社帳へは記し入れないこと。ならびに淡路国津名郡の伊勢講の神社については、当時の近々の御奉行所への差し出しの通りにすること。
(寛保三年 神社御改)
【附録 文政12年(1829年)丑年5月 木本鶴太種直 写】
- 国瑞彦大明神(社務:早雲伯耆守)
- 天満宮(別当:潮音寺)
- 春日大明神(別当:春日寺)
- 祇園社(別当:持明院)
- 天満宮(神主:同清 ※詳細不明)
- 三嶋明神(別当:清水寺)
- 諏訪大明神(別当:万福寺)
- 八幡宮(別当:同寺)
- 天満宮(別当:同寺)
- 春日大明神(別当:弘誓寺)
- 牛頭天王(別当:同寺)
- 山王大権現(別当:遊(不明)寺)
- 熊野権現(別当:和光院)
- (社名不明)(珠徳寺)
- (社名不明)(蓮花寺)
- (社名不明)(観音寺)
- 住吉四所大明神(詳細不明)
- 金毘羅大権現(詳細不明)
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