神武東征:南九州出発説への反論と笹田先生説

概要

『古事記』『日本書紀』の「日向の高千穂」を 現代の宮崎県と同一視する通説 に対し、阿波説は 日向二段階説(神話時代の日向と景行天皇期に名付けられた南九州日向は別物)を採用する。在野研究者・笹田氏の YouTube 講演シリーズ(全6回)が、南九州考古学の知見から「南九州→大和への一大勢力移動は無い」と論証し、神武東征出発地が南九州ではないという阿波説の核心命題を裏付ける。

笹田先生説の要点

  1. 稲荷山鉄剣銘文(115文字)の解読:欠史八代「大彦」から21代有力天皇まで連続する系譜論
  2. 南九州古墳考古学:弥生末〜古墳前期の南九州に大規模王権移動の物的証拠が存在しない
  3. 神話学界批判:津田左右吉・直木孝次郎・松前健の「欠史八代=架空」論への反証
  4. 語り部伝統と地名喪失:記録化(記紀編纂)の過程で本来の地名が消失したという論
  5. 日向二段階説:神話時代の「日向(ヒムカ)」と景行天皇期に命名された「日向国」は別物

阿波説における位置づけ

📚 参照資料

補強:南九州の古墳考古学

  • 2026-03-16-西都原古墳群探訪と南九州古人骨講演 — 南九州古人骨の系統論
  • 2026-03-09-古墳時代前期の九州最大の古墳群を擁し、景行天皇が行幸した日向国の宮崎郡探訪記 — 日向国宮崎郡の古墳分布
  • 2025-09-29-日向神話の舞台は阿多(薩摩)ではないのか?
  • 2026-01-13-薩摩国阿多郡の修験道と大和国
  • 2026-03-15-何故天孫降臨の舞台=神武東征の出発点は日向なのか?

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