天香山神社(あまのかぐやまじんじゃ)

基本情報

  • 延喜式記載:大和国 十市郡「天香山坐櫛真命神社(大・月次・新嘗)」
  • 読み:アマノカグヤマニマスクシマチノミコトノ
  • 社格:式内社(大社)
  • 比定社:天香山神社(奈良県橿原市南浦町608)
  • 所在地:奈良県橿原市南浦町(天香久山の北麓)
  • 創建伝承:神武天皇が天香久山の埴土で祭具を作り、天神地祇を祀った故事に由来

祭神

  • 主祭神:櫛真智命(くしまちのみこと)

櫛真智命は卜占(うらない)の神で、亀卜・太占(ふとまに)を職掌する。天香久山の土を採って亀甲を焼き、その亀裂で吉凶を占う 太占 は古代の最重要祭祀技術であり、その神格化が櫛真智命である。

大和三山と天香久山

天香久山は 大和三山(天香久山・畝傍山・耳成山)の一つで、奈良盆地南部に並び立つ低山群である。標高はわずか152mに過ぎないが、

  • 持統天皇の万葉歌「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」(万葉集巻一)
  • 天皇即位儀礼における 「天香久山の埴土」 の使用
  • 神武東征時の祭具製作伝承

など、古代日本の祭祀的中核として圧倒的な地位を占める。「天(あま)」を冠する稀有な山であり、他に「天」を冠する山は限られる。

阿波説における位置づけ

『阿波国風土記』逸文の核心命題

阿波説の最重要根拠の一つに、『阿波国風土記』逸文 の以下の記述がある:

「天より降りし山の、大きなるは阿波国に降り下りしを、天の元山(あまのもとやま)と云ひ、その山の砕けて大和国に降り着きしを、天の香山(あまのかぐやま)と云ふ」

すなわち、天から降ったオリジナルの山は 阿波の天の元山(あまのもとやま) であり、その山が砕けて大和に飛んだ破片が 天の香山 であるとする伝承である。

この逸文は 阿波説の物的根拠 の中核であり、

  • 「天香山」の本宮は阿波 であること
  • 大和の天香久山は 阿波の山の二次的写し であること
  • 神話的山岳の遷移ルートは 阿波→大和 であること

を直接示すと阿波説は読む。

阿波における天香山の比定地

阿波の 天の元山 の現代比定地として、徳島県内の複数地が候補となる:

  1. 気延山(きのべやま):徳島市国府町。天石門別八倉比賣神社の神奈備山
  2. 眉山(びざん):徳島市の中心部、市民の山
  3. 剣山系の特定の山:阿波西部の修験道祭祀の中心

このうち気延山は大宜都比売命(オオゲツヒメ)祭祀の中核であり、天石門別八倉比賣神社の神奈備山として、大和の天香久山と祭祀構造が完全に一致する。

天香山命と物部氏

『先代旧事本紀』天孫本紀において、物部氏の祖・饒速日命の御子に 「天香山命」 の名が見える。これは天香久山に降臨した神を祖とする伝承であり、

という連続したストーリーを阿波説は描く。すなわち、天香山命・天村雲命の兄弟神を祖とする物部氏が、阿波から大和へ東遷し、天香久山祭祀と石上神宮祭祀の双方を担ったとする読みである。

大和三山と阿波の地形対応

大和三山(天香久山・畝傍山・耳成山)の三角形配置は、阿波の特定地域の地形と対応するとされる説もある。詳細は阿波・畿内地名ペア検証:東遷(ひがしうつり)の法則を参照。

  • 天香久山 ↔ 阿波の気延山(あるいは天の元山候補)
  • 畝傍山 ↔ 阿波の畝(うね)地名の山
  • 耳成山 ↔ 阿波の耳(みみ)地名の山

ただし三山の地形対応は地名・形状の照応に基づく推論であり、確定的なものではない。

関連神社

  • 天石門別八倉比賣神社(阿波名方郡):阿波天香山祭祀の中心
  • 天香山命を祀る阿波の式内社:阿波麻植郡 天村雲神伊自波夜比賣神社(天村雲命)等
  • 畝火山口神社:大和三山の畝傍山祭祀
  • 耳成山口神社:大和三山の耳成山祭祀

関連氏族

留保

  1. 『阿波国風土記』逸文は 『釈日本紀』所引 の引用としてのみ伝わり、原本は散逸している。逸文の信憑性については学術的議論があり、近世の創作とする説もあるが、引用元の『釈日本紀』(鎌倉期)は中世神道書としての権威を持つ
  2. 阿波の「天の元山」の現代比定地は確定しておらず、複数候補がある
  3. 大和三山と阿波地形の対応は仮説の段階で、確定的な照応関係ではない

現地情報

  • 主要祭事:祈年祭(2月)、例祭(10月)
  • アクセス:近鉄「畝傍御陵前」駅徒歩30分、または橿原神宮前駅からバス
  • 特徴:天香久山の北麓に鎮座、登山道入口の社。山頂には別社あり

関連リンク

関連Webクリップ (Shrine-heritager)