天志良波神社(あめのしらはじんじゃ)

要旨

天志良波神社は、常陸国久慈郡の式内社(小)で、鎮座地は茨城県常陸太田市白羽町。祭神天白羽命(あめのしろはのみこと)は、阿波忌部の祖神・天日鷲命の御子神とされる長白羽命と同一神である。『三代実録』には「天之白羽神」、『延喜式』神名帳には「天之志良波神社」として記載される古社で、隣接する静神社(建葉槌命)・阿波山上神社(少彦名命)とともに、久慈郡・那賀郡にまたがる那珂川流域の阿波忌部祭祀ベルトを構成する一角として位置づけられる。


1. 命題の構造

観点通説阿波説
祭神・天白羽命の性格麻続部(伊勢国麻続氏系)の祖神とされる織物神の一柱阿波忌部の祖・天日鷲命の御子神(長白羽命)であり、伊勢国麻続部と阿波忌部を繋ぐ系譜上の結節点
鎮座地・常陸太田市白羽町個別の式内社としての由緒に留まる静神社(建葉槌命=天日鷲命の子)・阿波山上神社(少彦名命)と並ぶ、那珂川流域における阿波忌部集団移住の物的痕跡の一つ
創建伝承(延暦十四年・坂上田村麻呂東征時)蝦夷平定に伴う軍事的・祭祀的拠点としての一般的な創建譚阿波忌部の東国展開が奈良〜平安初期の東北経略と時期的に重層する可能性を示唆

2. 基本情報

項目内容
社名天志良波神社
読みあめのしらはじんじゃ
延喜式表記常陸国 久慈郡 天之志良波神社(あまのしらはのかみのやしろ)
社格式内社・小
所在地茨城県常陸太田市白羽町
主祭神天白羽命(あめのしろはのみこと)
創建不詳。一説に延暦十四年(795)、坂上田村麻呂将軍東征の時の創建とも伝わる
『三代実録』の記載「天之白羽神」として神階奉授の記事あり

3. 祭神と社伝

主祭神・天白羽命は、衣服の神・麻の神とされる。『三代実録』には「天之白羽神」の表記で神階に関する記事があり、『延喜式』神名帳には「常陸国久慈郡 天之志良波神社」として所載される。

創建については確たる年代は伝わらないが、一説に延暦十四年(795)、蝦夷平定のため東征した坂上田村麻呂将軍による創建とも云われる。

天白羽命は、記紀・古語拾遺の系譜上「長白羽神(ながしらはのかみ)」に比定される。『古語拾遺』本文(天岩戸段)では、長白羽神は**「伊勢国麻続の祖」として、天日鷲神とは別立てで登場し、麻を種えて青和幣(あおにぎて)を作る役を担った神として記される(天日鷲神は穀木綿=白和幣を作る役)。すなわち記紀・古語拾遺の岩戸神話の本文レベルでは、両神は祭具製作における並立の分業神**として描かれる。

一方、後世に編纂された阿波忌部の系図史料(後述4節)では、長白羽神(天白羽命)は天日鷲命の御子神として位置づけられており、本ノートはこの系図伝承に基づき「天日鷲命の御子」として扱う。


4. 歴史

記紀・古語拾遺における長白羽神

『古語拾遺』本文26段(天岩戸開き段)には次のようにある(原文抜粋)。

令長白羽神(伊勢國麻續祖…)種麻以為青和幣(古語爾伎弖) 令天日鷲神以造穀木綿(…)作白和幣(是木綿也)

長白羽神は「伊勢国麻続の祖」と明記され、麻を植えて青和幣を作る神。天日鷲神は穀木綿(楮の樹皮からとる木綿)を作り白和幣とする神。両神は同段内で並立して列挙され、記紀・古語拾遺の本文自体には両神の親子関係を直接示す記述はない。

阿波忌部系図における位置づけ

天日鷲命と長白羽神(天白羽命)の親子関係は、後世に編纂された阿波忌部・粟国造の系図伝承に見える。『粟国造粟凡直粟飯原氏系図』(1876年)中段の「御祖略系」には、次の系譜が記される。

天午刀男神(天手力男命の異表記)
   └→ 天日鷲神(粟忌部之祖、式内麻植郡忌部神社)
          ├→ 大麻比古神(式内板野郡大麻比古神社)
          ├→ 長白羽神
          └→ 天羽槌雉神

→ 参照:御祖略系:天之御中主神から天午刀男神への父神縦系譜

同様に『安房国忌部家系』では、静神社の主祭神・建葉槌命(天羽槌雄神)を「天日鷲翔矢命の子・大麻比古神の兄弟」と明記しており、この系図伝承の枠組みでは、大麻比古神・長白羽神(天白羽命)・天羽槌雉神(建葉槌命)はいずれも天日鷲命を父とする兄弟神として位置づけられる。天志良波神社の祭神・天白羽命は、この系図上の長白羽神と同一視される。

常陸国への鎮座と坂上田村麻呂

創建伝承にある延暦十四年(795)は、坂上田村麻呂による東北経略(延暦二十年・801年の征夷大将軍任命の少し前)の時期にあたる。この時期に麻績・織物の神である天白羽命が久慈郡に祀られた背景には、東国開拓・蝦夷経略に伴う軍需物資(布帛)調達の必要性があったとも考えられるが、本ノートの現時点の材料では確証はない。


5. 那珂川流域の阿波忌部祭祀ベルトと天白羽命

常陸国久慈郡・那賀郡には、阿波忌部の祖神・天日鷲命に連なる神格を祀る式内社が近接して分布する。

神社所在(旧郡)祭神天日鷲命との系譜関係
天志良波神社(本社)久慈郡・常陸太田市白羽町天白羽命御子(長白羽神)
静神社(名神大・常陸二宮)久慈郡・那珂市静建葉槌命(相殿:手力雄命)御子(天羽槌雉神=建葉槌命)/祖父(手力雄命)
阿波山上神社(式内)那賀郡・城里町阿波山少彦名命系譲不詳(地名「阿波山」による接続)
長幡部神社(式内)久慈郡・常陸太田市幡町綺日女命直系ではないが機織集団の祖廟として同一祭祀圏

→ 静神社ノートが指摘する通り、この一帯には「阿波郷」「阿波山」「白羽町」など阿波忌部由来を思わせる地名が集中し、手力雄命(祖父)→天日鷲命(父)→建葉槌命・天白羽命(子世代の兄弟神)という三世代の系譜が、同一の那珂川流域に重層して祭祀されている点が特異である。天志良波神社は、この系譜ベルトにおいて天日鷲命の御子神を直接祀る社という意味で、静神社(建葉槌命)と並ぶ結節点にあたる。

隣接する式内社・天速玉姫命神社(論社:泉神社、日立市水木町)は、『三代実録』に「天之速玉神」とあり、社伝では天之志良波神(天白羽命)の妻神とする説も伝わる(出典:Shrine-heritager アーカイブ)。これが事実であれば、天志良波神社を中心に配偶神を含む祭祀圏が形成されていたことになる。


6. 阿波説における意義

6-1. 天日鷲命の御子神が直接東国に鎮座する系譜的痕跡

阿波忌部の祖神・天日鷲命そのものを祀る神社が東国に乏しい中、その御子神(長白羽命=天白羽命)を主祭神とする式内社が常陸国久慈郡に確認できることは、阿波忌部の東遷を系譜レベルで裏付ける事例として位置づけられる。安房国の下立松原神社(由布津主命=天日鷲命の孫を祀る)と並び、天日鷲命の子孫世代を主祭神とする東国式内社の一つである。

6-2. 静神社との三代重層構造の補完

静神社ノートが指摘する「手力雄命(祖父)→天日鷲命(父)→建葉槌命(子)」の三代祭祀構造に、天志良波神社の天白羽命(建葉槌命の兄弟神)を加えると、久慈郡には天日鷲命の子世代の兄弟神が複数社に分祀されるという、より稠密な祭祀ネットワークが浮かび上がる。

6-3. 麻続部を介した伊勢国との接続

長白羽神が『古語拾遺』本文で「伊勢国麻続の祖」と明記される点は、天志良波神社を介して阿波忌部(麻植郡・穀木綿)と伊勢国麻続部(麻・青和幣)という、記紀神話上の二大麻織物氏族が系図的に接続することを示唆する。阿波と伊勢という古代日本の二大麻産地が、天日鷲命を共通の祖とする系譜で結ばれている点は、阿波説の織物氏族東遷論において重要な傍証となる。


7. 関連神社・関連氏族

那珂川流域の阿波忌部祭祀軸

  • 静神社 — 久慈郡名神大・常陸二宮、建葉槌命(天白羽命の兄弟神)
  • 阿波山上神社 — 那賀郡式内社、少彦名命
  • 長幡部神社 — 久慈郡式内社、綺日女命(機織集団の祖廟)

天日鷲命の系譜

関連氏族

  • 阿波忌部

8. 現地情報

  • 所在地: 茨城県常陸太田市白羽町

アクセス・祭事等について、本ノートの現時点の材料には特筆すべき情報なし。


9. 参照ブログ・Web資料


10. 史料

一次史料

  • 『日本三代実録』(「天之白羽神」神階奉授記事)
  • 『延喜式』神名帳(常陸国久慈郡 天之志良波神社)
  • 『古語拾遺』本文26段(長白羽神「伊勢国麻続の祖」・天日鷲神の並立記事)

系図史料

  • 『粟国造粟凡直粟飯原氏系図』(1876年、「御祖略系」部分)
  • 『安房国忌部家系』(高山家伝承)

11. 関連ノート(Vault内)


12. 留保(中立的併記)

注意

  • 天白羽命=長白羽神とする比定、および「天日鷲命の御子」とする系譜は、記紀・古語拾遺の本文には直接の根拠がない。 古語拾遺本文26段では、長白羽神(伊勢国麻続の祖)と天日鷲神は祭具製作における並立の分業神として列挙されるのみで、親子関係の記述はない。「天日鷲命の御子」説は、19世紀に編纂された『粟国造粟凡直粟飯原氏系図』(御祖略系)や『安房国忌部家系』といった、阿波忌部側の後代系図伝承に基づくものであり、記紀の本文記事とは出典の性格が異なることに留意されたい。
  • 創建伝承「延暦十四年(795)坂上田村麻呂東征時」は社伝レベルの伝承であり、確実な文献的裏付けは本ノートの現時点の材料には見当たらない。
  • 天速玉姫命神社(論社:泉神社)を天白羽命の妻神とする説は、Shrine-heritagerアーカイブに見える紹介記事の記述に基づくもので、一次史料上の明記は確認できていない。
  • 天白羽命(長白羽神)は『古語拾遺』上あくまで麻(青和幣)の織神であり、絹・和妙系統の織神ではない。長幡部神社の綺日女命(機織)との関係も、直接の系譜的接続ではなく同一祭祀圏内の並立として扱うべきである。

※本稿は常陸国の式内社一覧の関連神社として、那珂川流域における阿波忌部祭祀ベルトの構成要素という観点から位置付けられる。