眉山・大瀧山公園の神武天皇像(「阿波樫原神社」の名称問題)

要旨

徳島県徳島市眉山の「大瀧山公園」内に、神武天皇の銅像が建つ史跡がある。阿波説系ブログの中には、これを「阿波樫原神社」という名称で紹介するものがあるが、事実確認の結果、この名称は誤りであることが判明した。「樫原神社」という名の神社は実在するが、それは眉山ではなく徳島県阿波市土成町樫原に鎮座する別の神社であり、両者は所在地も由緒も異なる。本ノートはこの混同の経緯を記録し、対象を「大瀧山公園の神武天皇像」として正しく扱う。


1. 命題の構造

観点通説阿波説(ブログ由来の言説)検証結果
「阿波樫原神社」の実在—眉山に「阿波樫原神社」という神社があり神武天皇像が建つとされる誤り。眉山にあるのは大瀧山公園の史跡・銅像であり神社ではない。「樫原神社」は阿波市土成町に実在する別の神社
神武天皇の銅像神武東征の出発地である日向(宮崎県)に建てられている宮崎県と並び阿波(眉山)にも建てられている銅像自体は実在するが「日向と阿波の2体のみ」という言説は誇張・事実誤認(後述)
神武東征の出発地九州の日向阿波南部の「日向」的地域(または阿波全体)阿波説側の解釈であり通説とは異なる

2. 基本情報

2-1. 大瀧山公園・神武天皇像(眉山)

項目内容
名称神武天皇御尊像(史跡・モニュメント。神社ではない)
所在地徳島県徳島市眉山町(大瀧山公園内)
建立明治30年(1897年)頃、日清戦争戦勝記念として、出征した徳島県人971名の醵金により建立
移設もとは大瀧山の八阪神社前にあったが、明治39年(1906年)に現在地へ移設されたとされる
祭神/モチーフ神倭伊波礼毘古命(神武天皇)
隣接八阪神社
位置付け神社ではなく公園内の顕彰碑・銅像

2-2. 樫原神社(実在の別社。参考として区別のため記載)

項目内容
社名樫原神社
所在地徳島県阿波市土成町樫原
主祭神神日本磐礼比古命(神武天皇に比定。ただし地元でも祭神比定に疑義があるとされる)
棟札天保12年(1841年)のものが残る
眉山との関係所在地・由緒とも眉山の神武天皇像とは別物。同一視する一次史料上の根拠はない

3. 名称混同の経緯

眉山の神武天皇像を「阿波樫原神社」と呼ぶ用法は、阿波説系ブログ「妄想の阿波古代史」の記事「神武、橿原に立つ!神武天皇像が阿波にあるその理由に迫る!『阿波樫原神社』」(kohun-jinjya.blog)に由来すると見られる。この記事自体は眉山の銅像と阿波市土成町の樫原神社を別の場所として記述しているが、記事タイトルが両者を結びつける扇情的な体裁になっており、これが本Vaultの旧ノートで両者を同一の神社であるかのように合成してしまう誤読の起点になったと推測される。

「樫原」の字は、大和の神武天皇即位の地とされる「橿原(かしはら)」に通じる当て字・連想として用いられた可能性がある(奈良県橿原市・橿原神宮との字面の混同)。


4. 眉山の神武天皇像の詳細

大瀧山公園に建つ神武天皇の銅像は、日清戦争の戦勝記念として明治30年(1897年)頃、出征した徳島県人971名の醵金により建立されたものである(大瀧山公園)。地元では「神武天皇の銅像は、九州の日向国(宮崎県)と四国の阿波国(徳島県)の2体しかない」と紹介されることがあるが、これは事実誤認であり、実際には全国に少なくとも十数体の神武天皇像が現存する(詳細は8節の検証を参照)。通説では神武東征の出発地は九州の日向であるが、阿波にこの像が存在すること自体は、阿波こそが真の日向(神武天皇のふるさと)であるとする阿波説の主張を後押しする近代のモニュメントとして地元で語られてきた。


5. 忌部神社との地理的近接性

大瀧山公園から徒歩圏内に、阿波の開拓神・忌部氏の祖神を祀る「忌部神社」が鎮座している。また周辺には「天武天皇中宮摩耶姫の墓」などの史跡が点在し、眉山一帯が阿波古代史の重要な祭祀・伝承のネットワークを形成している。


6. 阿波説における意義

6-1. 日向(九州)と阿波の対比

阿波説における「記紀神話の舞台移動(スライド)」現象の典型例として紹介されることがある。九州の日向に仮託された神武天皇の出自が、実際には阿波の忌部・海人勢力を背景としていたとする主張の一環で、神武天皇の妻である阿比良比咩命(あひらひめ)を祀る「伊比良咩神社」も阿波に存在することから、神武伝承における日向=阿波の構図が補強されるとされる。ただしこれは通説とは異なる阿波説側の解釈である。


7. 関連神社・関連氏族

関連神社

関連神格


8. 現地情報

徳島県徳島市眉山町、大瀧山公園内(眉山の登山道・ドライブウェイ沿い)。忌部神社へと向かう途中の山道に位置する。阿波市土成町樫原の樫原神社は別の場所(吉野川北岸、土成町)にあり、現地訪問の際は混同しないよう注意が必要。


9. 参照ブログ・Web資料


10. 関連ノート(Vault内)


11. 留保(中立的併記)

検証済み:「阿波樫原神社」という社名・「日向と阿波の2体のみ」説はいずれも誤り

本ノートは当初、眉山の神武天皇像を「阿波樫原神社」という実在の神社であるかのように記述していたが、事実確認の結果、以下の2点がいずれも誤りと判明した。

  • 社名の誤り: 眉山にあるのは大瀧山公園の史跡・銅像であり、神社ではない。「樫原神社」という名の神社は実在するが、それは阿波市土成町樫原に鎮座する別の神社であり、両者を同一視する一次史料上の根拠はない(3節参照)。
  • 「2体のみ」説の誤り: 「神武天皇の銅像は日向と阿波の2体しかない」という言説も、事実確認の結果、誇張・不正確と判明した。この言説の出典元ブログ記事自体が「建立当時の話かも」と留保を付けており(note記事)、全国の集成資料では新潟・富山・静岡・愛知・奈良・愛媛・高知など少なくとも十数体の神武天皇像が確認できる(神武天皇の銅像)。
  • 本ノートのタイトル・frontmatterは「阿波樫原神社」という通称・誤称の存在自体を記録する目的で維持しているが、対象の実体は「眉山・大瀧山公園の神武天皇像」であり、正式な神社ではない点に注意する。
  • 本神社(史跡)の存在そのものが古代史の確実な物証というよりは、近代以降の阿波忌部強調史観・地元有志による顕彰の痕跡である可能性を考慮する必要がある。
  • 本ノートのevidence_typeは “blog_hypothesis”。confidenceは検証前の4から、上記2点の事実誤認判明を踏まえ 2に格下げした(frontmatter参照)。

※本稿は00_式内社_目次の関連神社として、神武伝承と九州・阿波の対比、および阿波説系ブログにおける名称混同の事例という観点から位置付けられる。